『恋愛ってなんですか?』

第4話 初めての。

 寝癖の付いた髪に、いつもよりも眠たそうな目。
 お気に入りのジェルミケのヘアバンドを付けながら、シャカシャカと歯を磨く。鏡に映る自分を見て、歳の割に顔が疲れ過ぎだなぁ。
 
 始業式の日から一カ月が経った。
 佐伯くんとは帰り道が一緒なので、偶然会った時は一緒に帰ったり、クラスでも隣の席だから話す事が多かった。
 そのおかげで、私の男性に対する免疫の無さも少しはマシになったと思う。
 クラス合併で教室が騒がしかったのも、一週間もすればみんな慣れて落ち着いていた。
 私からすれば、もはやクラスの合併なんかより同級生と同じマンションだった事実の方が重要だった。隣の席の、しかも学校で人気の人と同じマンションに住んでたなんて。
 何で今まで気付かなかったのか。学校でも存在すら知らなかったのだから気づくわけが無いのだけど。
 佐伯くんは歩いているだけで噂になりそうな人間なのに。自分があまりにも無頓着過ぎたのか。これ程まで、周りを見えていなかったなんて。これからは気を付けよう。

 そう心に決めて歯ブラシを濯ぐ。

 顔を洗い、髪の毛を整え、制服に着替えようと洗面所を出た。
 私は着替える前に、このままだと遅刻しそうな弟を起こしてあげるため、大和の部屋をノックする。
「やーまと――おきろ――――」
「ねーち……おはzzz……」
「大和、早く支度しないとご飯食べられなくなるよ。私は今日、早めに家出るからね」
「んnn……」
 これはほぼ、話聞いてない。私が家出る音でやっと遅刻と思って焦って起きるんだろう、と弟のことは諦める。
 起きる気のない大和のことは放置して、自分の支度を進める。
 今日は早起き出来たので、いつもより30分くらい早く出ることにした。
 さっさと支度を済ませて家を出る。

「行ってきまーす」

 家の鍵を閉めた後、大和が焦って支度をする音が聞こえた。寝起きが悪いのは何年経っても直らないものなんだなとしみじみと思う。
「今年の誕生日は絶対起きられる目覚まし時計でも買ってあげるかな」
 絶対、要らないって言われそうだけど。
 スマホの目覚ましを何個掛けても起きない時点で、目覚まし時計は必要だと思う。


 __________________

 いつもより早い登校はなんだか気分がいい。優等生になった気分だ。
 私は勉強では学年二位だが、別に優等生という訳ではない。どちらかというとそれなりにゆるーく生きているタイプの高校生だと思う。進路のために、勉強だけは頑張っている。
 朝から準備も上手くいって天気もこの上なくちょうど良い。気持ちのいい朝に、すっかり気分の良くなった私は調子に乗って鼻歌を歌い始める。
「フンフンフン♩フンフフ〜♫フンフンフフーフ♫」
 周りに誰もいない事をいいことに鼻歌交じりで歩く。リズムに乗せて体を横に揺らしながら。ノリノリになった私は、サビを小声で歌おうと声を出した。
「カントリーロー」
「佐藤さん、おはよう」

 ビクッ コテッ ズザザザーッ!
 
 典型的な効果音と共に、驚いて、躓いて、思いっきりこけた。
「お、おはよう佐伯くん、朝早いね……?」
 転けて四つん這いになり、膝を負傷しながらも、そのままぎこちない笑顔で振り返る。
「俺はいつもこの時間だから……大丈夫か?いま凄い勢いで……」
 自分が声を掛けることでこんな事になるとは思ってなかったのか、本気で心配してくれているのが表情からわかる。
「いや、まぁ、体は多分大丈夫……どの辺から見てた?」
「……鼻歌始まった辺りから」
 
 精神が大丈夫じゃない。
 
「穴があったら入りたい」
 居た堪れない恥ずかしさに、歩道脇にしゃがみ込み、鞄で顔を隠す。
 早起き出来た嬉しさに早く家を出たのが仇となり、自分の黒歴史を産んでしまった。
 耐えられない、1カ月前に知り合ったばかりの同級生(しかも隣の席)に朝からルンルンしながら鼻歌を歌ってるとこを見られたなんて。
 恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
「佐伯くん……さっきのは見なかった事に……どうか皆んなにも……御内密に、言わないでお願いします……」
 膝をつきながら手を合わせ、心の底から佐伯くんに懇願する。
 特に葵なんかに知られたら滅茶苦茶にイジられる。
 めんどくさい!恥ずかしい!一生ネタにされる!
「……ふ……わかった。」
 
 今、笑顔が見えた気ような。前も笑われてたし、そんなにも私の行動は彼にとって面白いのか。ツボにハマるのかな。
 それにしても朝からとても疲れた。外で調子に乗った自分が悪い。唯一の目撃者に黙っていてもらう了承を貰い、安心して気が抜ける。
 そのせいか、転けた時に擦りむいた右膝がジンジンと痛んできた。お風呂入る時痛そうなんて思いながら、スカートの砂利を払い、鞄を肩に掛け、普通に歩き始める。
 
「……」
 なんだろう。佐伯くんが無言で私を見つめてくる。
「鞄」
「ん?」
「鞄、持つ。貸して」
「え?なんで?」
 意図が分からないと顔に書いて固まっている私を見て再度、彼が言う。
「膝。俺が急に声を掛けたせいで怪我させたから。だから持つ。今日鞄重いし。」
 
 気遣ってくれたんだ。
「あ、じゃあお言葉に甘えて」
 肩に掛けていた少し重い鞄を彼に渡す。
 おかげで歩くのが楽になった。自分の思っていた以上に強く擦りむいたらしく、膝からは少し血が出ていた。
 絆創膏……の前に傷洗わなくちゃ。この後どうするか考えながら駅へ向かう。

「なんか、ごめん」

 急な謝罪に驚く。

「え、なんで佐伯くんが謝るの?調子乗った私が悪いだけだよ」
 「気にしないで」と笑いながら返す。

「私、あんまり男子と関わることなかったんだよね。今まではクラスも女子だけだったし。バイト先も女の人しか居なかったから。まぁ、あんまり必要性も感じなかったのとめんどくさそうだなーなんて思ったり。だから今こうやって佐伯くんと話してるのも本当はなんか不思議な感じ」
「少し理解できる」
「本当?でも、佐伯くんは学校で人気No. 1男子なんだから、告白とかも沢山されたりするでしょ?関わりたくなくても関わることになっちゃいそうだよね。」
「……俺、その肩書きよくわかんないんだけど。別にそんなあることじゃないし、大体、よく知らないやつから告白されたところで何にも思わないだろ」
「本当にその通りだよね」
 私と同じ意見を話す彼に思わず笑みが溢れる。
 
 最初は私が一方的に話してばかりだったけど、最近はちゃんと言葉のキャッチボールが出来るようになってきた気がする。
 なんだか嬉しい気持ちになった私は、これが男友達ってやつなのかも。思ってたより悪くないかもしれない、と思った。男とか女とか、気にし過ぎていたのかもしれない。
 それと、佐伯くんと話をしている内に分かったことがある。
 佐伯くんは別に話したくないわけでなく、話すことが思い付かないから喋らないだけ。
 最初の頃は、私ばかり話していて大丈夫だったかなんてよく心配していたが、彼からしたら沢山話してくれて助かっていた、らしい。聞いていて面白かったと言ってくれた。
 マンションには半年前に引っ越してきたばかりで、彼の父親は東京に単身赴任中、母親は仕事が忙しく会社に泊まって家に帰ってこない日もあるらしい。
 今日も会話が弾み、気付けば駅に着いていた。

「私は傷口すすいで、絆創膏貼ってから電車乗るよ。荷物、ありがとう。」
「わかった。……荷物だけ俺がそのまま持って行くか?」
「お!助かる!……と思ったけど、制服だけ着て鞄持ってない状態で片膝に絆創膏貼って登校してる女子高生って違和感ない?お前、なんかあっただろって感じしない?」
「……それもそうか」

 想像して面白かったのか、佐伯くんがまたフッと笑う。
 私は荷物を受け取り、傷口を洗いに行くため、改札に背を向けてを彼に手を振る。
「じゃあ学校でね。荷物持ってくれてありがとう。佐伯くん」
「……朔でいい。家も一緒だし、これからもよく話すことになりそうだから」
 
 出会って1カ月、私に初めて男友達ができた。

「じゃあ、私も遥で」
 初めての男友達、関わることなんてないと思っていた男の子。不思議な感覚だ。
「またあとで」と、互いにしばしの別れを告げ、傷口を洗いにお手洗いへと向かった。
 運のない日だなと思ったけど、これはこれで面白かったかも。なんて思う私だった。
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