『恋愛ってなんですか?』

第5話 名前

 いつものように校内に入り、そのまま階段で二階上がる。 階段を一段上がるたびに、クラスメイトの騒ぐ声が大きくなっていく。廊下や教室はとても賑やかだった。
 私は人にぶつからないよう、気を付けながら廊下を進んでいく。
 開けられたままの扉の先を見ると、由乃達が集まって何やらワイワイと話しているのが見えた。さっきまで一緒に居た朔も、一足先に、会話に混ざっているようだった。

 「おはよー」
『『『おはよー』』』
 
 由乃と拓真は自分の席に、葵は席が離れているので、窓際にもたれ掛かりながらヒラヒラとこちらに手を振っている。
 朔も、椅子を少しだけ拓真の方に向け座っていた。見つめていると、朔と目が合う。朔は軽く手をあげると、また元の姿勢に戻る。
 私はその仕草に少し笑いながら、自分の席へと向かった。
 
「あれ、膝どうしたのぉ?」
 私の膝へ貼られた、大きめの絆創膏に由乃が気付く。
「朝来る途中でこけちゃって。今日は早起きしたからいつもより早く家出たんだけどね。駅で傷洗ってからきたから、結局いつも通りの時間になっちゃった」
「わー、それはまた災難な」
 気遣わしげに、葵が私の膝を見る。
「まぁ、ちょっと擦っただけだし。全然大丈夫!」
 右腕で力こぶを作って強そうなポーズを取る。
 気持ちのいい朝から怪我をしたのは確かに痛かったけど、おかげで初めての男友達ができた。
 朔を見ると、ちょうどこっちを見てくれていたので、みんなにバレないように心の中で「ねっ!」と笑い返す。
 朔も気づいたのか照れくさそうに、小さく笑い返してくれた。
「そういえばクラスの委員会ってどのくらいの頻度でやんの?」
 拓真が「どんなもんなのか気になってたんだよ」と朔に聞く。
「1カ月に1回」
「だる!」
 拓真はげんなりした顔で「絶対俺やりたくねぇーわ」と呟いていた。その言葉に心の底から同意する。私は強く頷いた。委員長、変わってほしい。
 
 ――パタッパタッパタッ――
 聞き慣れた床を歩く音が聞こえ始めると、クラスメイト達は席につき始めた。私達も各々席に着こうと動き始めた時、朔が私に声をかける。
「遥、窓際の床になんか落としてる」
「え?あ、鞄のキーホルダーだ。これお気に入りだから気付けてよかった。朔ありが――」

 三人の視線を強く感じ、やってしまったことに気付く。

『遥……!?』
『『朔……!?』』
 はっきりと言葉に出てはいないが、朔と私の昨日とは違う呼び方に反応した。
 三人の顔を見なくてもわかる。空気で『何があった』って言ってるのが伝わってくる。
 それだけでなく、クラスメイトの朔を気にしている子たちも各々何か思っているような気がした。
 朔、人気者だもんね……。
 名前呼びは軽率だったと反省するも、時間は巻き戻せない。目を閉じて何も考えないことにした。
 
 そんな私と比べて、朔は何も気にしていない様子だった。

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 昼休み。
 
 あの後、私は休み時間が来るたびにいじられて疲弊しきっていた。
 最初は朔に聞いていた拓真も、朔に「成り行きで」としか答えを返してもらえず。結局、私に質問攻めだ。
「遥!ちょっと!どういうこと!」
 何を想像してるのか、葵は興奮気味。
「だーかーらーどうも何もただ成り行きで名前呼びになっただけで、深い意味はないって」
「やりますなぁはるちゃん」
「本当ですなぁ〜」
 後ろの席では拓真と由乃が不敵な笑みを浮かべ、ニヤニヤしていた。
「そういうんじゃないからー!」

 隣に座る朔へ助けを求めようと視線を送るも、「頑張れ」と一言私に言い残し、朔は購買へと逃亡した。
 裏切り者……。
 私は、朝の出来事を話した。知られたくないことは隠しながら。たまたまご近所さんで、朝にこけた所を助けてもらっただけだと話すと、三人は『ふーん?』と怪しみつつも、納得はしてくれたようだった。
 
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 授業後。

 鞄に教科書とノートを片付け、帰りの支度を終える。
 今は名前どうのこうので騒いでいる場合じゃない。
 もうすぐ1学期の中間テストが始まる。入学時からどうにか学年二位を維持できているが、私は天才ではない。
 授業を受ければ、勉強しなくても点数が取れる。なんてことはないので、テスト前はしっかり勉強している。
「あーやだやだ。中間テスト……うちも今年からは本気で勉強しないとやばいわ……遥はいつも通り、図書館篭り?」
「その予定。家だと気が散っちゃうし」
「わかる〜。私も一緒に図書館篭ろうかなー。由乃と拓真は?」
「私達は一緒に家で勉強するよぉ」
「本当仲良いね、あんたたち。」
 葵は私の隣を見ると、鞄を肩にかけようとしている朔に話を振る。
「佐伯くんはいつも勉強どこでしてんの?」
「家だけど、今父親が帰ってきて騒がしいからどうするか悩んでる」
「ふーん?」
 
「そうだ」と葵が思いつく。

「じゃあ、みんなで図書館篭りする?」
「みんな?」
「そ、みんな!」
 朔は少し考える。
「まぁ、いいけど」


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 学校近くにある図書館。
 広々とした六人掛けの机に、五人集まってテスト勉強。
 家で勉強すると言っていた由乃と拓真も「なんか面白そう」と言って、結局みんなで図書館に来ていた。
 奥から由乃、拓真、朔と並んで座り、向かい合わせで葵と遥が座る。
「よし、じゃあやりますかぁ」
「おー!」
「みんないたら頑張れるような気がしてきたー!」
 拓真の言葉にノリノリで返す由乃、葵。
 そんな三人を気にすることなく、朔と遥は各々勉強の準備に取り掛かっていた。…………一時間後。
 
「……あー……もう疲れた。」
 葵が限界な様子で机に突っ伏している。
 
「あおちゃんまだ一時間しか経ってないよぉー?」
「一時間も集中して勉強できる由乃と拓真が凄いんだよ……」
「葵ちゃんはスポーツ推薦なんだっけ?」
「そう。頭動かすより体動かす方が得意……」
 机に突っ伏したまま、葵の頭は動かない。
「俺らも集中力高い方だと思うけど、あの二人には叶わないわ……」
 カリカリカリカリカリカリ
 カリカリカリカリカリカリ
 周りの声は耳に入らない程集中しているのか、黙々とテスト勉強をする朔と遥。
 その様子を三人は呆然と見つめる。
「この集中力が学年上位とそれ以外の差って感じするよねぇ」
 由乃の言葉を肯定するように、葵と拓真は深く頷いた。

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「んー……」
 
 集中が切れたところで外を見ると、もう空は暗くなり始めていた。一緒に座っていたはずの由乃達の姿はもう見当たらない。
 スマートフォンには葵から[集中力を使い切ったから帰る]由乃達からも[葵と一緒に帰るね]とメッセージが来ていた。
 声、かけてくれてもよかったのに。
 背中をぐーっと伸ばしながら辺りを見回すと、斜め前の席では朔がまだ勉強していた。凄い集中力だな、と感心する。
「朔。朔!」
 やっと気付いたのか、私を見る。
「もうすぐ閉館時間。私そろそろ帰ろうかなと思うけど、朔はどうする?」
「……もうそんな時間か。今日は俺も帰る。」
「じゃあ一緒に帰ろう。どうせ帰る場所一緒だし」
「そうだな」
 勉強道具を鞄に入れ、二人で図書館を出る。
 
 外はもう完全に暗くなっていた。
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