追放された侯爵令嬢の幸せと、彼女を捨てた者たちの末路
第52話 終わり
砦の旗が、辺境の風を受けてパタパタと音を立てた。
あの日、いろいろな人の思惑や悪意が渦巻いていた王城を飛び出してから、一体どれくらいの月日が流れたのだろうか?
ここへ辿り着くまでの道すがら、何度も不穏な噂を耳にしてきましたが、今日、ようやく「すべてが終わった」という知らせが届き、安堵した。
私は執務室の窓辺に立って、遠くに見える険しい山並みを眺めていました。
空はどこまでも高く青く、雲がゆっくりと形を変えながら流れていく。
世界がこんなにも穏やかで静かなのに、遠い王都ではたくさんの血が流れ、主のいない玉座だけが残された。
「……王妃様は、自ら命を絶たれました」
背後でジークさんが静かに告げてきた。
私は振り返ることなく、そっと目を閉じる。
王妃様――あの人は最後まで、誇り高い【王妃】として生きることを選んだのだろう。
自分の信じた正しさを握りしめたまま、崩壊していく王家と運命を共にした。
私を身代わりの盾にして追い詰めた張本人でしたが、同時に、冷たいお城の中で孤独を抱えていた人でもあったのを、私は知っている。
不思議な事に憎いという気持ちはもう、胸のどこにもなかった。
「王都の民は、無事なんですか?」
「はい。隣国の軍が制圧しましたが、ひどい略奪などはないようです。混乱を防いで、街を落ち着かせようとしていると聞いています」
「……そう。それなら、あそこの人たちも守られますね……ジークさん、ありがとうございます」
「いえいえ大丈夫ですよ。ほかに聞きたい事はありますか?」
ずっと胸の奥で張り詰めていた糸が、ふっとほどけたような気がする。
もう、誰かの身代わりになって体を張る必要も、誰かを呪い続ける必要もないのだから。
ふと、私は思い出す。
「殿下は……どうされたのですか?」
その言葉を聞いたジークが一瞬動きを止めたが、息を吸って言葉を出す。
「逃げようとされましたが、国境の近くで見つかり、捕らえられました……その後、処刑が決まったそうです」
ジークさんの声は淡々としていた。
その言葉を聞いて、私の心臓が少しだけ強く跳ねる。
あの人は、最期まで王太子として意地を見せたのでしょうか――それとも、ただ怖くなって逃げ出しただけだったのでしょうか?
今となっては、もうそれを知る術もない。
ただ、ジークさんにはまだ続きの報告がありました。
「……殿下は、亡くなる直前に、どうしても一言だけ伝えたいと望まれたそうです」
「え?」
「『セレスティアに伝えてくれ』と……『私は……間違えていたのかもしれない。お前を愛していると思っていたが、本当はただ、強いお前に甘えて、守ってもらっていただけだった……今なら、それがわかる。すまなかった』……そう、遺された、と」
その言葉は、静かに部屋の空気に溶けていく。
私は何も言えなかった。
涙も、一滴も出なかった。
「……謝るの、遅すぎなんですよ殿下」
私はそのように言いながら、静かに笑ってしまった。
けれど……死を前にしたあの人が最後に呼んだのが、自分の地位でも国でもなく、私の名前だった。
そのことだけが、ほんの少しだけ胸に小さな波を立てました。
ジークさんはさらに、エリスのことも教えてくれました。
「エリス様も、逃げている途中で捕らえられました」
「……彼女も?」
「処刑されるその瞬間まで、『私は次の王妃なのよ』『選ばれた聖女なのよ』と叫び続けていたそうです。最後まで、自分の過ちを認めることはなかったと」
「……そう、ですか」
その言葉を聞いても、何も動かなかった。
彼女は最後まで、自分だけが主役の夢の中にいたのでしょうか?
現実はこんなに冷酷なのに、偽物の冠を被ったまま、彼女の物語は終わったと言う事なのだろう。
嘗て王城で過ごした日々が、なんだか遠い昔の夢のように思える。
きらびやかな廊下、冷たくて重たい扉、ピカピカに磨かれた床。
そこで誰かの顔色を窺いながら微笑んでいた少女は、もうどこにもいない。
あのお城での時間は、終わったのだから。
王家が滅び、玉座から人がいなくなっても、世界は止まることなく動き続けている。
私は窓を大きく開けた。
すると辺境の冷たい風が、私の頬や髪を優しく撫でていく。
彼らには恨みはなかった。
少しだけ、赦せない気持ちもあったかもしれないけど。
そもそも、恨みあったのかなと思うぐらい。
「……終わったなァ」
小さく呟くと、後ろでコツンと足音が止まる。
振り向かなくてもわかった――将軍様が静かに立っていた。
「……終わったのか?」
低くて、安心させてくれる声。
私はゆっくりと頷いた。
部屋に、穏やかな静けさが広がる。
でも、それは悲しい終わりではなく、嵐が去った後のような、清々しい静けさだった。
私は再度顔を上げ、空を見上げる。
雲は流れ、太陽の光が降り注いでいる。
静かに笑みを浮かばせながら、私はそのまま将軍様の近くに歩くのだった。
あの日、いろいろな人の思惑や悪意が渦巻いていた王城を飛び出してから、一体どれくらいの月日が流れたのだろうか?
ここへ辿り着くまでの道すがら、何度も不穏な噂を耳にしてきましたが、今日、ようやく「すべてが終わった」という知らせが届き、安堵した。
私は執務室の窓辺に立って、遠くに見える険しい山並みを眺めていました。
空はどこまでも高く青く、雲がゆっくりと形を変えながら流れていく。
世界がこんなにも穏やかで静かなのに、遠い王都ではたくさんの血が流れ、主のいない玉座だけが残された。
「……王妃様は、自ら命を絶たれました」
背後でジークさんが静かに告げてきた。
私は振り返ることなく、そっと目を閉じる。
王妃様――あの人は最後まで、誇り高い【王妃】として生きることを選んだのだろう。
自分の信じた正しさを握りしめたまま、崩壊していく王家と運命を共にした。
私を身代わりの盾にして追い詰めた張本人でしたが、同時に、冷たいお城の中で孤独を抱えていた人でもあったのを、私は知っている。
不思議な事に憎いという気持ちはもう、胸のどこにもなかった。
「王都の民は、無事なんですか?」
「はい。隣国の軍が制圧しましたが、ひどい略奪などはないようです。混乱を防いで、街を落ち着かせようとしていると聞いています」
「……そう。それなら、あそこの人たちも守られますね……ジークさん、ありがとうございます」
「いえいえ大丈夫ですよ。ほかに聞きたい事はありますか?」
ずっと胸の奥で張り詰めていた糸が、ふっとほどけたような気がする。
もう、誰かの身代わりになって体を張る必要も、誰かを呪い続ける必要もないのだから。
ふと、私は思い出す。
「殿下は……どうされたのですか?」
その言葉を聞いたジークが一瞬動きを止めたが、息を吸って言葉を出す。
「逃げようとされましたが、国境の近くで見つかり、捕らえられました……その後、処刑が決まったそうです」
ジークさんの声は淡々としていた。
その言葉を聞いて、私の心臓が少しだけ強く跳ねる。
あの人は、最期まで王太子として意地を見せたのでしょうか――それとも、ただ怖くなって逃げ出しただけだったのでしょうか?
今となっては、もうそれを知る術もない。
ただ、ジークさんにはまだ続きの報告がありました。
「……殿下は、亡くなる直前に、どうしても一言だけ伝えたいと望まれたそうです」
「え?」
「『セレスティアに伝えてくれ』と……『私は……間違えていたのかもしれない。お前を愛していると思っていたが、本当はただ、強いお前に甘えて、守ってもらっていただけだった……今なら、それがわかる。すまなかった』……そう、遺された、と」
その言葉は、静かに部屋の空気に溶けていく。
私は何も言えなかった。
涙も、一滴も出なかった。
「……謝るの、遅すぎなんですよ殿下」
私はそのように言いながら、静かに笑ってしまった。
けれど……死を前にしたあの人が最後に呼んだのが、自分の地位でも国でもなく、私の名前だった。
そのことだけが、ほんの少しだけ胸に小さな波を立てました。
ジークさんはさらに、エリスのことも教えてくれました。
「エリス様も、逃げている途中で捕らえられました」
「……彼女も?」
「処刑されるその瞬間まで、『私は次の王妃なのよ』『選ばれた聖女なのよ』と叫び続けていたそうです。最後まで、自分の過ちを認めることはなかったと」
「……そう、ですか」
その言葉を聞いても、何も動かなかった。
彼女は最後まで、自分だけが主役の夢の中にいたのでしょうか?
現実はこんなに冷酷なのに、偽物の冠を被ったまま、彼女の物語は終わったと言う事なのだろう。
嘗て王城で過ごした日々が、なんだか遠い昔の夢のように思える。
きらびやかな廊下、冷たくて重たい扉、ピカピカに磨かれた床。
そこで誰かの顔色を窺いながら微笑んでいた少女は、もうどこにもいない。
あのお城での時間は、終わったのだから。
王家が滅び、玉座から人がいなくなっても、世界は止まることなく動き続けている。
私は窓を大きく開けた。
すると辺境の冷たい風が、私の頬や髪を優しく撫でていく。
彼らには恨みはなかった。
少しだけ、赦せない気持ちもあったかもしれないけど。
そもそも、恨みあったのかなと思うぐらい。
「……終わったなァ」
小さく呟くと、後ろでコツンと足音が止まる。
振り向かなくてもわかった――将軍様が静かに立っていた。
「……終わったのか?」
低くて、安心させてくれる声。
私はゆっくりと頷いた。
部屋に、穏やかな静けさが広がる。
でも、それは悲しい終わりではなく、嵐が去った後のような、清々しい静けさだった。
私は再度顔を上げ、空を見上げる。
雲は流れ、太陽の光が降り注いでいる。
静かに笑みを浮かばせながら、私はそのまま将軍様の近くに歩くのだった。