不吉を呼ぶ姫は愛されないはずだった
小話 砦の騎士たちの夜
夕食後の余暇時間。
砦の一室では、勤務を終えた数人の騎士たちがテーブルを囲んでいた。
中央にはカードが広げられ、それぞれが手札を持っている。
昼間までの慌ただしさも収まり、砦には夜の落ち着きが戻っていた。
一人の騎士がカードを一枚、場へ出す。
「……本当に黒いんだな」
向かいに座っていた騎士が顔を上げた。
「何が?」
「王女様の髪と目だよ」
「ああ」
別の騎士も頷く。
「俺も初めて見た。髪だけじゃなくて、瞳まであんなに黒いとは思わなかった」
「遠くからでもすぐ分かったな」
手札へ目を落としたまま、一人が口を開く。
「でも、思ってた以上に普通の方だったな」
一瞬、場が止まる。
やがて、向かいの騎士が頷いた。
「……まあ、それは俺も思った」
「もっと近寄りがたい感じなのかと思ってたけど」
「不吉を呼ぶだとか、いろいろ言われてたからな」
「俺は、もっと妖艶な感じを想像してた」
「それは分かる」
一人が手札を並べ替える。
「あの団長が選んだ相手だしな。どんだけ美人なのかってさ」
「だよな。たしか、国内でも十指に入る美人だって評判の、ローゼンフェルト公爵家の令嬢との縁談も断ったって聞いたぞ」
「縁談なんて、それこそ何件あったか分からないだろ」
「はぁ、羨ましいよな。俺にも分けてくれないかな?」
一人がぼやくように言う。
「お前には無理無理」
周りから笑いが起こる。
笑われた騎士は不満そうな顔をしながらも、そのまま続けた。
「ちぇ、分かってるよ。でもさ、団長も若い頃は、それなりに浮いた話はあったんだろう?」
「あぁ。だが、団長の方が夢中だったって話は聞いたことがないな。大体、相手に押し切られて付き合ってたらしい」
「騎士団長になってからなんて、そんな話は全く聞かないしな」
「そういえば、精鋭の連中が言ってたぞ」
一人が思い出したように言った。
「何を?」
「団長、縁談の前の日はいつもより無口になるらしい」
「ああ。訓練もちょっと厳しくなるって話だろ」
「俺も聞いたことある」
「そういうの、一番嫌いそうだしな」
この砦には、ウィルも以前から何度も足を運んでいた。
時間が合えば通常の訓練にも加わり、実戦となれば最前線に立つ。
精鋭部隊ほど近くで接する機会はなくても、騎士団長としての姿なら何度も目にしている者が多い。
だからこそ、誰かに強く惹かれている姿など、彼らには想像しにくかった。
「だから、どんな方を選ぶのかとは思ってたんだよな」
「ああ」
地味、とそのまま口にする者はいなかった。
いくら仲間内とはいえ、相手は王女であり、何より団長の婚約者である。
「でも、優しそうな方だったな」
「それは思った」
一人がカードを引きながら口を開く。
「俺の同期のダリア、王女様の傍についてただろ」
「ああ、いたな」
「あいつ、王女様のこと相当気に入ってるからな」
「へえ」
「優しいし、家事全般できるって言ってたぞ」
何人かが顔を上げる。
「王女様が?」
「料理もするし、庭仕事もするらしい」
「それは珍しいな」
王族が自ら料理や庭仕事をすることは、この国では滅多にない。
そこで、一人がふと思い出したように言う。
「そもそも、王女様って最初はゼリアへの抑えって意味合いもあったんだろ?」
「ああ。表向きはともかく、まあ、そういうことだろうな」
「それが本当になるんだからな」
一人がカードを指先で弄ぶ。
「何がどうなって、こうなったんだろうな」
「それは俺も聞きたい」
「……団長は、どこに惹かれたんだろう」
何人かが顔を見合わせる。
「気にはなるな」
「まあ、本人には絶対聞けないけど」
「聞けるわけないだろ」
話はそこで一度途切れ、皆の視線が手札へ戻る。
しばらくして、一人が口を開いた。
「でも、大切にしてるって話は本当だったな」
「ああ」
「馬車から降りた王女様を、そのまま抱き上げてたからな」
「……あれは驚いた」
「王女様に何か言われて、すぐ下ろしてたけど」
「あれだけ人がいたら、さすがに恥ずかしいだろ」
その光景を思い出したのか、何人かの口元が緩んだ。
普段のウィルからは想像しにくい姿だった。
「団長は、周りなんて全然気にしてなかったけどな」
「心配だったんだろう」
「まあ、あれだけのことがあった直後だからな」
それには皆が頷いた。
アリスは、火を放たれた塔から救出されたばかりだった。
長くゼリアに留め置かれ、最後には命まで狙われた。
ウィルが気にかけるのも当然だった。
「それは分かる」
一人がカードを場へ置く。
「それでも、あんな団長は初めて見たな」
王女の隣にいる時のどこか柔らかな表情も。
何度も彼女へ目を向けていたことも。
騎士団長としてのウィルしか知らない彼らには、どれも意外な姿だった。
すると、向かいの騎士がカードを一枚出した。
「あぁ。あれはもう、過保護の域に入ってるだろ」
「……だな」
そのまま何枚かカードが場に出されたあと、一人が話題を変えた。
「ゼリアの方も、どうやらうまくいったらしいな」
場の空気が変わる。
「ああ」
「詳しいことまでは、まだ分からないけどな」
「このまま落ち着いてくれればいいんだが」
この砦は長い間、ゼリアとの国境を守る最前線だった。
何かあれば、真っ先に戦うことになる。
そんな場所で過ごしてきた彼らにとって、ゼリアの情勢は遠い国の出来事ではない。
「……少なくとも、これからは戦争をしなくて済みそうだ」
「そうだな」
別の騎士が手札を伏せた。
「それが一番だ」
皆が頷いた。
その後も、夜が更けるまでカードは続いた。
砦の一室では、勤務を終えた数人の騎士たちがテーブルを囲んでいた。
中央にはカードが広げられ、それぞれが手札を持っている。
昼間までの慌ただしさも収まり、砦には夜の落ち着きが戻っていた。
一人の騎士がカードを一枚、場へ出す。
「……本当に黒いんだな」
向かいに座っていた騎士が顔を上げた。
「何が?」
「王女様の髪と目だよ」
「ああ」
別の騎士も頷く。
「俺も初めて見た。髪だけじゃなくて、瞳まであんなに黒いとは思わなかった」
「遠くからでもすぐ分かったな」
手札へ目を落としたまま、一人が口を開く。
「でも、思ってた以上に普通の方だったな」
一瞬、場が止まる。
やがて、向かいの騎士が頷いた。
「……まあ、それは俺も思った」
「もっと近寄りがたい感じなのかと思ってたけど」
「不吉を呼ぶだとか、いろいろ言われてたからな」
「俺は、もっと妖艶な感じを想像してた」
「それは分かる」
一人が手札を並べ替える。
「あの団長が選んだ相手だしな。どんだけ美人なのかってさ」
「だよな。たしか、国内でも十指に入る美人だって評判の、ローゼンフェルト公爵家の令嬢との縁談も断ったって聞いたぞ」
「縁談なんて、それこそ何件あったか分からないだろ」
「はぁ、羨ましいよな。俺にも分けてくれないかな?」
一人がぼやくように言う。
「お前には無理無理」
周りから笑いが起こる。
笑われた騎士は不満そうな顔をしながらも、そのまま続けた。
「ちぇ、分かってるよ。でもさ、団長も若い頃は、それなりに浮いた話はあったんだろう?」
「あぁ。だが、団長の方が夢中だったって話は聞いたことがないな。大体、相手に押し切られて付き合ってたらしい」
「騎士団長になってからなんて、そんな話は全く聞かないしな」
「そういえば、精鋭の連中が言ってたぞ」
一人が思い出したように言った。
「何を?」
「団長、縁談の前の日はいつもより無口になるらしい」
「ああ。訓練もちょっと厳しくなるって話だろ」
「俺も聞いたことある」
「そういうの、一番嫌いそうだしな」
この砦には、ウィルも以前から何度も足を運んでいた。
時間が合えば通常の訓練にも加わり、実戦となれば最前線に立つ。
精鋭部隊ほど近くで接する機会はなくても、騎士団長としての姿なら何度も目にしている者が多い。
だからこそ、誰かに強く惹かれている姿など、彼らには想像しにくかった。
「だから、どんな方を選ぶのかとは思ってたんだよな」
「ああ」
地味、とそのまま口にする者はいなかった。
いくら仲間内とはいえ、相手は王女であり、何より団長の婚約者である。
「でも、優しそうな方だったな」
「それは思った」
一人がカードを引きながら口を開く。
「俺の同期のダリア、王女様の傍についてただろ」
「ああ、いたな」
「あいつ、王女様のこと相当気に入ってるからな」
「へえ」
「優しいし、家事全般できるって言ってたぞ」
何人かが顔を上げる。
「王女様が?」
「料理もするし、庭仕事もするらしい」
「それは珍しいな」
王族が自ら料理や庭仕事をすることは、この国では滅多にない。
そこで、一人がふと思い出したように言う。
「そもそも、王女様って最初はゼリアへの抑えって意味合いもあったんだろ?」
「ああ。表向きはともかく、まあ、そういうことだろうな」
「それが本当になるんだからな」
一人がカードを指先で弄ぶ。
「何がどうなって、こうなったんだろうな」
「それは俺も聞きたい」
「……団長は、どこに惹かれたんだろう」
何人かが顔を見合わせる。
「気にはなるな」
「まあ、本人には絶対聞けないけど」
「聞けるわけないだろ」
話はそこで一度途切れ、皆の視線が手札へ戻る。
しばらくして、一人が口を開いた。
「でも、大切にしてるって話は本当だったな」
「ああ」
「馬車から降りた王女様を、そのまま抱き上げてたからな」
「……あれは驚いた」
「王女様に何か言われて、すぐ下ろしてたけど」
「あれだけ人がいたら、さすがに恥ずかしいだろ」
その光景を思い出したのか、何人かの口元が緩んだ。
普段のウィルからは想像しにくい姿だった。
「団長は、周りなんて全然気にしてなかったけどな」
「心配だったんだろう」
「まあ、あれだけのことがあった直後だからな」
それには皆が頷いた。
アリスは、火を放たれた塔から救出されたばかりだった。
長くゼリアに留め置かれ、最後には命まで狙われた。
ウィルが気にかけるのも当然だった。
「それは分かる」
一人がカードを場へ置く。
「それでも、あんな団長は初めて見たな」
王女の隣にいる時のどこか柔らかな表情も。
何度も彼女へ目を向けていたことも。
騎士団長としてのウィルしか知らない彼らには、どれも意外な姿だった。
すると、向かいの騎士がカードを一枚出した。
「あぁ。あれはもう、過保護の域に入ってるだろ」
「……だな」
そのまま何枚かカードが場に出されたあと、一人が話題を変えた。
「ゼリアの方も、どうやらうまくいったらしいな」
場の空気が変わる。
「ああ」
「詳しいことまでは、まだ分からないけどな」
「このまま落ち着いてくれればいいんだが」
この砦は長い間、ゼリアとの国境を守る最前線だった。
何かあれば、真っ先に戦うことになる。
そんな場所で過ごしてきた彼らにとって、ゼリアの情勢は遠い国の出来事ではない。
「……少なくとも、これからは戦争をしなくて済みそうだ」
「そうだな」
別の騎士が手札を伏せた。
「それが一番だ」
皆が頷いた。
その後も、夜が更けるまでカードは続いた。