不吉を呼ぶ姫は愛されないはずだった

第74章 選んでくれた人たち


厨房をあとにしたアリスたちは、再び応接間へ戻った。

「アリス姉さま、すごく楽しかったね!」

「えぇ。私も楽しかったです」

アリスは、隣を歩くエレナと手をつないでいる。

扉を開けると、室内にはマルタのほかに、二人の女性職員がいた。

一人は落ち着いた雰囲気の中年の女性、もう一人はそれよりずっと若い女性だった。

二人とも手芸品を手に取り、熱心に眺めている。

アリスたちの姿に気づくと、すぐに品物を置き姿勢を正した。

「ナタリア様、アリス様」

「ありがとう。来てくれて助かったわ」

ナタリアは二人へ微笑みかけると、アリスへ向き直った。

「アリス様、こちらは慈善事業で働いているローザとソフィよ」

まず、年上の女性へ視線を向ける。

「ローザは、私がこの事業に関わるようになる前からずっと働いているの。とても頼りになるのよ」

ローザが恐縮したように頭を下げた。

「そして、こちらがソフィ。いろいろと新しい案を出してくれて、助かっているの」

ソフィも丁寧に礼をする。

「初めまして」

アリスは軽く頭を下げる。

「お初にお目にかかります」

二人が改めて礼をした。

その時だった。

「あっ」

隣にいたエレナが声を上げる。

「エレナ、まだ選んでなかった!」

そう言うなり、アリスとつないでいた手をぱっと離し、テーブルへ駆け寄った。

「どれにしよう……」

先ほどまで候補にしていたぬいぐるみや髪飾りを手に取り、また真剣に見比べ始める。

アリスは思わず笑みを浮かべた。

ルーカスはソファーへ腰を下ろし、ぶらぶらと足を揺らしながら皆の様子を眺めている。

ナタリアも可笑しそうに笑ってから、箱の中へ目を向けた。

「あら……随分と減っているわ」

アリスもつられるように箱の中を見る。

先ほどまでぎっしりと入っていた手芸品が、いつの間にか半分以下まで減っていた。

マルタが申し訳なさそうに頭を下げる。

「申し訳ございません。予想していたよりも多くの者が見に参りまして……皆、かなり迷いながら一つずつ選んでおりました」

「皆様、持っていってくださったのですか?」

アリスは驚きながら尋ねる。

「はい」

マルタは答えてから、ためらいがちに続けた。

「それと……実は、私も一ついただいてしまいました」

「マルタさんも?」

「はい。こちらのハンカチを」

そう言って、ポケットから刺繍の入ったハンカチを取り出す。

すると、ローザとソフィも顔を見合わせた。

「その……私たちも、こちらをいただいてよろしいでしょうか?」

ローザは毛糸のストールを、ソフィはパッチワークの小物入れを手にしている。

「こちらが、とても素敵だと思いまして」

「私も、これが気に入りました」

アリスは嬉しそうに笑みを浮かべる。

「はい。もちろんです。ぜひ」

「本当によろしいのですか? バザーや寄付へ出される予定のお品ですのに……」

ローザが申し訳なさそうな表情になる。

「まだたくさんありますから」

それでも二人が遠慮しているのを見て、ナタリアが笑う。

「ふふ。アリス様がそうおっしゃっているのだから、大丈夫よ」

それから、ローザとソフィへ可笑しそうに付け加えた。

「そのかわり、ほかの慈善事業の職員には内緒よ。皆まで欲しがったら、バザーに出す分がなくなってしまうから」

ローザとソフィは顔を見合わせ、笑みをこぼした。

その傍らでは、エレナがまだ品物を見比べている。

「……こっちも可愛いし、これも……」

ソファーに座っていたルーカスが、横から別の髪飾りを指さした。

「これも可愛いんじゃない?」

「ええ……また増えちゃった」

エレナはますます困った顔になる。

ルーカスはその様子を見て、楽しそうに笑った。

ナタリアは二人へちらりと目を向けてから、ローザたちへ話を戻す。

「では、皆からはどんな意見があったかしら?」

「可愛らしい品が多いという声や、実際に売られていたら欲しいと話す者も何人もおりました」

ローザが答える。

「そう」

ナタリアが頷く。

「では、あなたたち自身はどう思う?」

ローザは考えてから答えた。

「十分、バザーに出せるお品だと思います。特に可愛らしいものを好む方や、お子様のいる方に喜ばれるのではないかと」

ソフィも頷く。

「私もそう思います。それに、布や糸が上質ですから、どれも品があります。もちろん、ストールやひざ掛けのような落ち着いたものもありますから、幅広い方に手に取っていただけると思います」

アリスの肩から、ようやく力が抜けた。

すると、ローザがさらに口を開いた。

「それから、もう一つございます。王族の方がお作りになった品が、このように出回ることは、ほとんどありません」

「ですから、アリス王女殿下がお作りになったということ自体にも、十分価値があると思います」

アリスは驚いたようにローザを見る。

「……私が作ったものでも、ですか?」

「はい。もちろんです」

先ほどナタリアから聞いた言葉を、長く慈善事業に携わってきたローザからも改めて聞く。

すると、ソフィが手にした小物入れへ目を落とした。

「……実は、私も」

どこか恥ずかしそうに言う。

「もちろん、この小物入れが気に入ったのですが、王族の方がお作りになったものをいただけるというのも、やはり貴重で……」

「貴重……そうなのですね」

アリスがつぶやく。

ソフィはそこで口を閉じた。

けれど、まだ何か言いたそうにしていることに、ナタリアが気づく。

「あら、まだ何かあるの?」

「いえ、その……」

「言っていいのよ」

ソフィは、確認するようにローザとマルタの顔を見る。

二人が頷くと、ようやく口を開いた。

「先ほど品物を見に来た方々の中に……アリス様がお作りになった品を持っていると、良いご縁があるかもしれない、と話している方も結構いらっしゃいました」

「良いご縁?」

アリスが首を傾げる。

「アリス様は、ウィル王弟殿下にとても大切にされていらっしゃるので……それにあやかれるかもしれない、と」

「あら、まあ」

ナタリアは面白そうな表情を浮かべる。

一方、アリスは頬が熱くなっていく。

――ウィル様が私を大切に……。なぜ、知られているのかしら?

何より、私の手芸品が、どうしてご縁に?

――よく、分からないわ。

けれど、たくさんの人が自分で選んで持っていってくれた。

ローザたちも、バザーへ出して問題ないと言ってくれた。

アリスは、ほう、と息を吐いた。

ナタリアが柔らかく微笑む。

「安心できたかしら?」

「はい」

アリスは素直に頷いた。

「あの……バザーに出していただいてもいいでしょうか。もちろん、寄付にも使っていただければ」

「もちろんよ」

その時、ようやくエレナが勢いよく顔を上げた。

「決めた!」

両手には、ぬいぐるみと髪飾りが一つずつ握られている。

「これと、これにする!」

「二つまでですからね」

「うん!」

エレナは満足そうに頷いた。

その様子に、部屋にいた皆が笑みを浮かべた。
< 87 / 87 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

表紙を見る 表紙を閉じる
異世界で暮らし始めて二年。 私はただ、ここで生きていくために、薬師として働いていた。 恋なんて、縁のないものだと思っていたのに。 ある日、店に訪れた一人の武官。 ただの客のはずだったその人に、なぜか心を引き寄せられてしまう。 無愛想で、距離のある人。 それでも、ふと見せた柔らかな笑みが忘れられなくて—— 届くはずなんてないのに。 それでも、気になってしまった。 ※完結済みです
表紙を見る 表紙を閉じる
異世界に来て10年。 高校1年のとき、事故をきっかけに異世界へと迷い込んだ田中緑は、町の食事亭で働きながら穏やかな日々を送っている。 そんな彼女には、ずっと胸の中にしまい続けている想いがあった。 ――この世界で最初に出会い、自分を助けてくれた狼の半獣人の騎士、バルスへの片想い。 ぶっきらぼうで、不器用で、それでも優しい彼。 けれど、その想いを伝えるつもりはなかった。 自分は選ばれないと分かっているから。 彼にとって自分は、ただの「懐かれた異世界人」でしかないと知っているから。 それでも、そばにいられるだけでよかった。 そう思っていたはずなのに―― 近づいた距離と、すれ違った想い。 気づかないまま重なっていく感情。 これは、10年続いた片想いが、少しずつ形を変えていく物語。

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop