不吉を呼ぶ姫は愛されないはずだった
第73章 一緒に作る時間
厨房へ入ると、作業台にはすでに肉や野菜、香草が並べられていた。
その隣には、クッキーに使う小麦粉や砂糖、卵、バターも用意されている。
「まずは、シチューから作りましょうか」
アリスが言うと、ルーカスがすぐに頷いた。
「うん」
「私もやりたい!」
エレナも元気よく手を挙げる。
アリスは思わず笑みを浮かべた。
料理人があらかじめ皮をむいてくれた野菜の前に、ナタリアと小さな台に乗ったルーカスが並ぶ。
ナタリアはまず、ルーカスの手に自分の手を添えた。
「包丁はこんなふうに持って、こう切るの」
一緒に野菜へ刃を入れてみせる。
「……うん」
ルーカスは真剣に手元を見つめていた。
「大体、このくらいの大きさね。手を切らないように気をつけるのよ」
「分かった」
ナタリアが手を離すと、今度はルーカスが一人で包丁を動かす。
「これくらい?」
「ええ。そのくらいでいいわ」
ナタリアも隣で作業を始め、時折ルーカスの手元へ目を向ける。
料理用の包丁にはまだ慣れていないものの、刃物を扱うこと自体に怖がる様子はない。
すぐ傍では料理人も二人を見守っていた。
その間に、アリスはあらかじめ切られていた肉を鍋へ入れ、炒め始める。
じゅっと音が立ち、香ばしい匂いが厨房へ広がった。
「いい匂い!」
小さな台に乗ったエレナが思わず鍋を覗き込む。
「エレナ様、油が飛びますから、あまりお顔を近づけないでくださいね」
「えっ、とぶの?」
エレナは慌てて顔を遠ざけた。
やがて、ナタリアとルーカスが切った野菜が器へと集められていく。
アリスは鍋の中を木べらで混ぜてから、エレナへ顔を向けた。
「エレナ様、こちらのお野菜を入れてもらえますか?」
「私が?」
「はい。鍋には触らないようにしてくださいね」
エレナは緊張した面持ちで頷く。
器から野菜を一つ取り、恐る恐る鍋へ入れた。
「……入った」
「上手ですよ」
アリスが褒めると、エレナの表情もぱっと明るくなる。
もう一つ。
今度は先ほどより迷いなく入れる。
「もう一つ入れていい?」
「はい。もう少し入れてみましょうか」
何度か繰り返すうちに、すっかり楽しくなったようだった。
「では、残りは私が入れますね」
「うん」
アリスは残っていた野菜を鍋へ加え、肉と一緒に炒め合わせていく。
その様子を見ていたナタリアが、ふと口を開いた。
「あら。最初に全部入れてしまうのね」
「はい」
アリスは鍋を混ぜながら答える。
「野菜の形を残したい時は、もう少し後から入れるんですけれど……今日はこのあとクッキーも作るので、最初から一緒に煮込んでしまおうかと思って」
「確かに。今日はその方がよさそうね」
ナタリアが頷く。
「長く煮込むと、野菜が溶けて、煮汁に馴染んでいくので、私はそれも好きなんです」
そう言ってから、アリスは恥ずかしそうに笑った。
「もちろん、王宮の手の込んだ綺麗なお料理とは違いますけれど……」
すると、近くで作業を見守っていた料理人が口を開いた。
「こういう煮込み料理は、王宮でもよくお作りしますよ。手の込んだ料理ばかりでは、案外飽きてしまうものですから」
ナタリアも頷く。
「私も、こういうお料理は好きだわ。お野菜も甘くなるし」
アリスは安心したように微笑んだ。
「それなら、良かったです……」
そして、最後に鍋へワインと水を注ぎ、香草を加えた。
「これで、あとは弱火でゆっくり煮込みます」
「どのくらい?」
エレナが尋ねる。
「三時間くらいでしょうか」
「そんなに?」
目を丸くするエレナに、アリスは笑った。
「はい。お肉が柔らかくなるんです」
「じゃあ、その間にクッキー作るの?」
「ええ」
「やった!」
エレナの弾んだ声が厨房に響いた。
アリスは鍋に蓋をして、火加減を確かめる。
「これで大丈夫です。では、クッキーを作りましょうか」
「うん!」
今度は四人で、クッキーの材料が並ぶ作業台へ移った。
アリスは用意していた分量を書いた紙をナタリアへ渡す。
「ナタリア様、こちらになります」
「ええ」
ナタリアが受け取るのを確認してから、アリスはエレナへ向き直った。
「エレナ様には、小麦粉とお砂糖を量っていただいてもいいですか?」
「うん!」
「ルーカス様は、バターを切って、卵を割っていただけますか?」
「分かった!」
アリスが傍につき、エレナは小麦粉を少しずつ量っていく。
「もう少しです」
「これくらい?」
「はい。そこで大丈夫です」
続いて砂糖も同じように量る。
その隣では、ルーカスがナタリアに見守られながらバターを切っていた。
「これくらいの大きさでいい?」
「ええ。大丈夫よ」
切り終えると、今度は卵を手に取る。
「器の縁に、こんなふうに軽く当てるのよ」
ナタリアが見本を示す。
ルーカスも真似をして殻へひびを入れ、両手で開いた。
「できた」
「あら、初めてなのに上手にできたわね」
褒められたルーカスが得意そうに笑う。
材料が揃うと、今度はアリスが生地を作り始めた。
バターと砂糖を合わせ、卵を加える。
最後に小麦粉を入れ、丁寧に混ぜ合わせていくと、次第に一つの生地へまとまっていった。
エレナとルーカスは、その様子を興味深そうに眺めている。
「これがクッキーになるの?」
ルーカスが不思議そうに言う。
「はい。薄く伸ばして、あちらにある型でいろいろな形にしましょう」
二人はすぐに用意された型へ目を向けた。
花、星、月、犬や猫など、様々な形が並んでいる。
アリスが生地を薄く伸ばし終える。
「では、型抜きしましょうか」
「私はこれ!」
エレナは迷わず星の型を手に取った。
「僕は……まず、これにしようかな。次はこっち」
ルーカスは犬と猫の型をそれぞれ手にする。
ナタリアは花の型を選んだ。
「では、私はお花にしようかしら」
アリスも月の型を手に取る。
四人は作業台を囲み、それぞれ生地へ型を押し当てていった。
「できた!」
エレナが星形の生地を嬉しそうに見せる。
「綺麗にできましたね」
「もう一つ作る!」
隣ではルーカスも黙々と犬の形を抜いていた。
ナタリアも楽しそうに手を動かしている。
アリスも時折二人の様子を見ながら、自分の手元の生地を型抜きしていった。
やがて、天板いっぱいに様々な形のクッキーが並ぶ。
料理人がそれをオーブンへ入れると、エレナとルーカスは少し離れたところから、興味津々に中を覗いていた。
その間に、アリスは再びシチューの鍋へ向かった。
蓋を開けると、湯気とともに香りが立ちのぼる。
木べらで底からゆっくりとかき混ぜ、小さな器へ煮汁を取った。
まず自分で一口、味を見る。
「……大丈夫そうですね」
それから、ナタリアへ器を差し出す。
「ナタリア様も、味を見ていただけますか?」
「ええ、もちろん」
ナタリアは一口味わい、笑みを浮かべた。
「ええ。いい味だと思うわ」
「よかったです」
アリスも笑みを返す。
それから、料理人へ目を向けた。
「あの、お願いできますか?」
「かしこまりました」
料理人も味を確かめる。
「はい。十分よいお味です。このまま煮込めば、さらに味がまとまるでしょう」
「ありがとうございます」
アリスはほっと息を吐いた。
ナタリアが料理人へ視線を向ける。
「では、あとはお願いしていいかしら?」
「かしこまりました」
料理人が一礼する。
「そろそろ戻りましょうか」
ナタリアが声をかけると、エレナは残念そうに作業台を見た。
「もう終わり?」
「はい。あとは出来上がるのを待ちましょうか」
アリスはそう言って、傍にいたエレナへ自然に手を差し出した。
エレナもその手を握り返す。
「うん!」
すると、ルーカスが口を開いた。
「早く食べたいな」
「私も!」
エレナもすぐに声を上げた。
その様子に、アリスとナタリアは顔を見合わせて笑みを浮かべる。
クッキーの焼き上がりとシチューの火加減を料理人たちに見てもらうことにして、四人は厨房を後にした。