愛するあなたを殺させないため、死に戻った私はこの恋を捨てると決めた
 エリシアも、確かに死んだはずだ。ロジェリオの後を追うために、ナイフのように尖ったカップの破片を思い切り胸に突き刺したことを覚えている。
 焼けつくような痛みも、息ができない苦しさも、口の中に感じた血の味だってまだ残っているような気がする。
 それなのに、どうしてここにいるのだろう。そして、ロジェリオを殺したあの男は、どこへ行ったのか。
 家族同然の存在として接していた相手は、いつからかエリシアに歪んだ執着心を抱いていた。異性として見たこともなかったのに、あの男はエリシアと愛し合っていると思い込み、邪魔なロジェリオを排除すると言って彼の紅茶に毒を盛ったのだ。
 これで一緒に幸せになれるねと笑顔を向けられたことを思い出して、背筋がぞっと寒くなる。恐ろしくて、気持ち悪くて、身体の震えが止まらない。
 あの男から逃れるため、エリシアは自ら命を絶ったはずだ。
 ――でも、あれは……誰?
 エリシアを連れて行こうとした手を振り払ったことは覚えているのに、顔が思い出せない。そこだけ靄がかかったようになって、分からない。
 目の前で最愛の人を失ったショックと悲しみ、そして手を下した相手が信頼していた人物だったという衝撃のせいで、記憶が混乱しているのかもしれない。
 思い出そうとするだけで吐き気に襲われて、エリシアは口元を覆って低く呻いた。
 エリシアに近しい存在で、あの場にいた可能性のある人物は、二人。執事のザカリアスか弟のヴィクトル――そのどちらかだ。
 どちらの顔を思い浮かべても、よく分からない。だが、胸の奥がざわざわとして今にも吐きそうになる。
 その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。外から呼びかける声は、侍女のダナのものだ。
「おはようございます、お嬢様。今日もいいお天気ですよ」
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