政略結婚ですが、クールな旦那様の溺愛が始まりました
「髪、俺が乾かしてもいいか?」
「へっ……?」


きょとんとしたすみれは、慧の質問をすぐに理解できない。そんなすみれを余所に、彼が洗面台のチェストからドライヤーを取り出した。


「そんな……自分でできますから」
「俺がしたいんだ。ほら、座って」


椅子に促され、たじろぎながらも言われた通りにする。戸惑いでいっぱいのすみれの髪にドライヤーの温風が当たり、慧の手が優しく触れた。


すみれの背後で彼が指で髪を梳くようにしているのが、鏡越しに見える。目の前の光景が、すみれには信じがたいものだった。


(どうして……? 急になにがあったの?)


これでは、まるで普通の夫婦……むしろ、ラブラブな夫婦だ。
確かに、結婚前から比べると、互いの距離は少しは近づいただろうけれど……。かと言って、こんなことをしてもらえるほどの仲になったとは思えない。


慧の中で、なにか変化があったのか。それとも、すみれにはわからない意図があるのか。
ドキドキして、本音では喜びも感じているのに……。そんな風に考えて素直には喜べず、身を小さくしていることしかできなかった。


十分ほどして、ドライヤーの音が止まる。直後、すみれは無意識に入れていた肩の力を抜き、息を大きく吐いてしまった。


「……悪い。嫌だったか?」
「えっ? い、いえ……そうじゃないんですけど……」


すみれが慌てて首を横に振ると、慧がホッとしたように「そうか」と呟く。その顔はどこか嬉しそうにも見えた。


「リビングに行ってるから、寝支度を整えてからおいで」
「わかりました。……あの、ありがとうございます」
「うん。まあ、俺がしたかっただけなんだけどな」


これは本当に現実だろうか。いつもとは違う彼の砕けた話し方や言動に、喜びよりも混乱が勝る。
慧が出ていくと、すみれはしばらく放心してしまった。

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