政略結婚ですが、クールな旦那様の溺愛が始まりました
あれは、両親とともに参加した企業が主催していたパーティーだ。


当時の六条には、身に余るような大規模なもの。
会場は、ラグジュアリーホテルの三十二階にある大宴会場。出席者の多くは、テレビなどで見聞きするような著名な者ばかりだった。


あの日、すみれは体調が悪かった。
数日前から父に『粗相がないように』や『できるだけ多くの出席者と挨拶するように』ときつく命じられ、緊張とストレスが溜まっていたのだろう。


必死に平静を装って出席したものの、一時間もせずに立っていられなくなった。
しかし、そんな姿を父や周囲に見せるわけにはいかない。必死の思いで会場から離れ、人目につかない廊下の隅のソファで休んでいた。


「こんばんは、可愛いお嬢さん。おひとりですか?」


そこに、知らない男性が声をかけてきた。
明るく染めた茶髪は長めで、あまり清潔感がない。すみれを品定めするような視線にも、本能的な嫌悪感が湧いた。


とはいえ、すみれは六条の娘として出席している。相手の素性がわからないこともあり、不躾な態度は取れなかった。


「いえ……。両親を待っています」


口元を押さえていたハンカチを離し、なんでもないふりをする。上手く笑えたかはわからないが、失礼な対応をしたつもりはない。


それが悪かったのだろうか。男性はいきなりすみれの隣に腰を下ろし、一瞬で距離を詰めてきた。
あまりの速さに逃げるタイミングを見失う中、身体の奥がゾクッとした。


「君、六条のお嬢さんだね。噂はかねがね……高嶺の蕾さん」


彼が口にした『高嶺の蕾』とは、すみれの影の呼び名だ。誰がつけたのか、周囲からそんな風に言われていることは知っている。


今はたいした価値がないのに、六条の娘というだけで〝高嶺〟。そのくせ、表情が硬く近寄りがたい上、未熟だ……という意味から〝蕾〟だそうだ。

< 16 / 204 >

この作品をシェア

pagetop