政略結婚ですが、クールな旦那様の溺愛が始まりました
「そろそろ行こうか。君のご両親が本当に探してるかもしれない」


せっかく訪れた穏やかな時間が、不意に終わりを迎える。


「そう、ですね……」


すみれはすぐに頷いたが、あともう少しだけ慧の隣にいたかった。そんな気持ちからか、立ち上がれない。
きっと、こんな夜は二度と訪れないだろう。


そうそう会える相手ではない。どこかのパーティーで一緒になったとしても、彼を遠くから見ているのが関の山。
図々しいとわかっているが、名残惜しくてたまらなくなった。


「行こう」


優しく差し伸べられた手を前に顔を上げると、慧が柔和な笑みを浮かべていた。


刹那、鼓動が大きく跳ねる。
ほんの微かな笑顔を見せられただけなのに……。胸の奥がぎゅうっと締めつけられて、急に息が苦しくなった。


こんな感覚も、心を包む感情の名前も、知らない。
それなのに、すみれは自分の中に芽生えたものの正体にすぐに気づいた。


けれど、彼に悟られるわけにはいかない。迷惑だと思われるだけだとわかっているからこそ、必死に平常心でいようと努めた。


「もう大丈夫です」


両脚に力を入れたすみれが、慧の手を借りずに立ち上がる。すっと手を引いた彼の顔を直視できないまま、頭を深々と下げた。


「一緒にいるところを見られない方がいいと思うので、ここで失礼します」


顔を上げると、慧がなにか言いたげに見えたけれど……。

「ああ。足元、気をつけて」

彼は小さく頷き、静かな口調で告げた。


「本当にありがとうございました」


すみれが再び頭を下げ、慧に背中を向ける。
東屋を出ると、月に隠れたひとときに終わりが訪れて……。振り返ると色々な感情が溢れ出しそうで、すみれは足早にこの場から立ち去った――。

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