政略結婚ですが、クールな旦那様の溺愛が始まりました
「そうですよね……。えっと、じゃあ……慧、さん?」


ぎこちなく慧の名前を呼ぶと、運転中の彼の横顔がふっと柔らかくなる。初めて話した夜に見た、あの優しい笑顔のようだった。


すみれは息を呑み、一瞬で高鳴った鼓動を隠すように窓の外を見る。頬が熱くなっていくのを感じ、鏡を見なくても顔が真っ赤になったのがわかった。


普通の夫婦なら、ただ恥ずかしいというだけのことかもしれない。
けれど、慧とすみれは違う。


彼は、すみれに対して愛情はない。もしすみれが恋心を抱いていると知ったら、迷惑だと思われるかもしれない。


すみれは、ずっとそう思っている。だから、自分の想いがバレてしまわないように隠してきたつもりだ。まさか結婚初日にバレたら、失態にも程がある。


慧の笑顔をもっと見たかった気持ちよりも、自分の気持ちを隠す方が勝った。


「四時半か……ランチには遅すぎるし、ディナーには早いな」


一方の彼は、さきほどのことなどなんでもなかったかのように平素の口調だ。恐る恐る顔を戻すと、普段通り涼しげな表情で運転していた。


慧と自分の中にあるものが違いすぎて、つい虚しくなってしまうけれど……。すみれはこぶしをキュッと握り、笑みを繕った。


「そうですね。もう少ししてから食べますか? それとも、家に帰ってから私が作りましょうか? まだ冷蔵庫は空っぽですが、買い物をして――」
「その必要はない」


明るく提案したすみれに、ぴしゃりと冷たい声音が返ってくる。話を遮られたことよりも、その口調にドキッとした。


「ちゃんと話してなかったが、すみれが家事をする必要はない。すみれも仕事を続けるんだし、外注すればいい」
「確かに、仕事は続けますが……。でも、これまでもずっと自炊をしていましたし、料理は好きなんです。手作りが苦手じゃなければ、慧さんの分も一緒に用意します。あっ、今日じゃなくて今後という意味で……」


名前を呼ぶこと、食事について提案をしたこと。そのどちらにも緊張して、声が震えそうになる。


もしかしたら、顔は強張っていたかもしれない。彼が運転中でよかった……と思う。

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