政略結婚ですが、クールな旦那様の溺愛が始まりました
品川区の北側に位置する貿易会社、『株式会社 六条商事』。
五階建てのビル一棟を持ち、従業員はアルバイトも含めて五百人ほど。その三階にある総務部が、すみれの職場だ。


「おはようございます」


すみれが明るく挨拶をしながら、自席に向かう。同僚たちは挨拶こそ返してくれるが、すぐに視線を逸らす。
一線を引かれていることに居心地の悪さを感じるが、もうすっかり慣れた。


学生時代なら、傷つき、悩んでいたかもしれない。けれど、社会人も二年目になると、半ば諦めに近い気持ちで受け入れている。


(社長の娘がいたら、みんなやりづらいよね)


六条商事は六条家――つまり、すみれの実家が経営している。


会長は祖父、代表取締役社長には本家の長男である父が就き、上役は親族ばかり。すみれは父の言いつけでコネで入社し、一社員として働いている。


ただ、会社を継ぐ予定はない。一人娘ではあるが、六条の分家にはすみれよりも優秀な男性たちがいるからだ。


あくまで普通の社員であるすみれは、周囲からいずれ退職すると思われている。
それが父の一番の望みであることも、周知の事実。父にとってはすみれが働き続けることよりも、子どもを産んで家庭を上手く築き上げてもらいたいのだ。


理由は、慧との結婚が会社の利益のための政略結婚だから。しかも、六条にとって非常に大きな利がある結婚だった。


今でこそ六条商事を知る者は減ったが、昔は誰もが知る一流企業だった。


従業員は一万人を超え、バブル期の最高売上高は十兆円に迫るほどだったという。すみれが生まれるよりも遥かに前のことだが、社内では知られていることだ。


昭和初期の創業当時は六条が誇っていた莫大な財を投じ、多少の経営難は私財で賄ってきたのだとか。

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