政略結婚ですが、クールな旦那様の溺愛が始まりました
ところが、バブルが崩壊したあとから風向きが変わり始めた。
最高売上高を叩き出した翌年から、利益は徐々に右肩下がりに。それでも、十五年ほど前まではある程度の収益を維持していたそうだ。
けれど、不景気の波に煽られ、ここ十年以上は経営難に陥っていた。五年ほど前には、起死回生をかけた大幅なリストラを行い、複数の支社を畳んだほど。
そこまでして会社を縮小したにもかかわらず、経営は悪化するばかり。
旧華族とはいっても、今ではまったく強みでもない。昔と違って、六条と聞いてもピンと来ない者が大半だろう。
時代とともに新たな会社が次々に台頭し、六条商事は中小企業に成り下がった。そんな会社の経営状態とともに、すみれの生活も変わっていった。
すみれは、エスカレーター式の私立校出身だ。生徒たちは財界や政界の子どもたちも多く、幼稚舎から大学まである有名私立校。
さらには、ありとあらゆる習い事をさせられていた。華道、書道、ピアノ、ヴァイオリン、バレエ、料理など、様々なものに挑戦した記憶がある。
父いわく、『花嫁修業』だったようだ。今なら時代錯誤だとも思うが、子どもの頃はそういうものだと受け入れていた。
しかし、小学生になってバレエを、中学生ではヴァイオリンとピアノをやめた。
どれも大きな熱量はなかったが、すみれなりに努力はしていたつもりだ。父からやめるように言われなかったら、もう少しくらい続けていただろう。
後に気づいたが、金銭的な負担が大きなものからやめさせられたらしい。その頃には、家中にあった骨董品や美術品が減っていっていたのも知っている。
最高売上高を叩き出した翌年から、利益は徐々に右肩下がりに。それでも、十五年ほど前まではある程度の収益を維持していたそうだ。
けれど、不景気の波に煽られ、ここ十年以上は経営難に陥っていた。五年ほど前には、起死回生をかけた大幅なリストラを行い、複数の支社を畳んだほど。
そこまでして会社を縮小したにもかかわらず、経営は悪化するばかり。
旧華族とはいっても、今ではまったく強みでもない。昔と違って、六条と聞いてもピンと来ない者が大半だろう。
時代とともに新たな会社が次々に台頭し、六条商事は中小企業に成り下がった。そんな会社の経営状態とともに、すみれの生活も変わっていった。
すみれは、エスカレーター式の私立校出身だ。生徒たちは財界や政界の子どもたちも多く、幼稚舎から大学まである有名私立校。
さらには、ありとあらゆる習い事をさせられていた。華道、書道、ピアノ、ヴァイオリン、バレエ、料理など、様々なものに挑戦した記憶がある。
父いわく、『花嫁修業』だったようだ。今なら時代錯誤だとも思うが、子どもの頃はそういうものだと受け入れていた。
しかし、小学生になってバレエを、中学生ではヴァイオリンとピアノをやめた。
どれも大きな熱量はなかったが、すみれなりに努力はしていたつもりだ。父からやめるように言われなかったら、もう少しくらい続けていただろう。
後に気づいたが、金銭的な負担が大きなものからやめさせられたらしい。その頃には、家中にあった骨董品や美術品が減っていっていたのも知っている。