政略結婚ですが、クールな旦那様の溺愛が始まりました
事の発端は、必要な書類を取りに帰ったことだ。


昨日は、すみれの友人の美弥が遊びに来ると聞いていた。そのため、できるだけ静かに家に入ったのが間違いだったのかもしれない。


リビングのドアに手をかけようとしたとき。

『でも……ちょっとだけ思ったことはあるかも……』

すみれの神妙な声が聞こえ、思わず手が止まった。


『真ちゃんと結婚した方がよかった、って?』


次いで聞こえてきたのは、美弥の声である。しかし、その内容は慧にとって穏やかではなく、心臓が大きく跳ねた。


『そうじゃないけど……。真ちゃんと結婚してたら、こんな風にはならなかったのかな、って』


立ち聞きなんて趣味が悪い。そう思うが、手も足も動かない。そんな慧の存在に気づいていないようで、すみれと美弥の会話は続いた。


『たらればを言い出したらキリがないよ』
『わかってるの……』


すみれの口調が重い。まるで、すべてを諦めているようでもあった。


『六条のために離婚なんてするわけにはいかないけど、その方がお互いのためにいいのかもしれないって思っちゃって……』


言いにくそうに、けれど後悔が滲んだ声音だった。ドア越しだというのに、やけにクリアに聞こえた。


すみれの本心を突きつけられ、ショックだったのかもしれない。自身の鼓動がやけに大きくなっていたことに気づき、動揺しているのだと自覚した。


息を吐き、リビングのドアを開ける。
あの瞬間、すみれと美弥の表情は硬直していた。ふたりの顔を見れば、慧に聞かれたくない話だったことは明白だ。


慧は冷静に美弥に挨拶をし、すみれとも軽く言葉を交わして出掛けたけれど……。会社に戻っても、すみれのことが頭から離れなかった。


どこで間違ったのか、どうしてこうなったのか……。せめて、すみれの気持ちが追いつくのを待とうとしただけだったのに……。


(すみれの中には離婚という選択肢があるんだな)


胸の中で呟いたとき、言いようのない焦燥感に包まれた。
なぜなら、慧はずっとすみれに恋愛感情を持っていたからだ。

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