政略結婚ですが、クールな旦那様の溺愛が始まりました
一方で、冷静な自分自身が引き止める。


すみれは、まだ大学生だったはずだ。八歳も年下で、きっと籠の中の鳥のように外の世界はあまり知らないのだろう。


それなのに、自分の気持ちを押しつけるようなことをしたら……。さきほどの男と同じなのではないか、と。


わずかなためらいが、次第に大きくなっていく。御門の後継者であるという責任感も、慧に心を押し込めさせた。


『そろそろ行こうか。君のご両親が本当に探してるかもしれない』


程なくして、慧の中で揺れていた天秤が大きく傾いた。
薔薇の香りが、やけに鼻につく。噎せ返るほどの匂いが肺に充満するようで、胸が苦しくなった。


『そう、ですね……』


すみれの声が寂しげに聞こえたが、きっと自分の心がそうさせているだけ。そんな風に言い聞かせ、先にベンチから立ち上がる。


『行こう』


手を差し伸べたのは、ただのエスコートのつもりだった。
彼女が顔を上げ、真っ直ぐに視線が絡み合う。無意識のうちに微笑んでいたことに気づき、咄嗟に口元にキュッと力を入れた。


『もう大丈夫です』


すみれがそう言い、足元を見ながらスッと立ち上がる。行き場のない手がやけに冷たく感じたが、慧は静かに引っ込めた。
彼女は、慧を見ずに頭を深く下げる。


『一緒にいるところを見られない方がいいと思うので、ここで失礼します』


言いたいことはあった。理性を働かせていなければ、すみれを困らせるような言葉を口にしてしまいそうな自覚もある。


『ああ。足元、気をつけて』
『本当にありがとうございました』


感情を押し込めていると、すみれが再び頭を下げてから慧に背中を向けた。


彼女は、一度も振り返ることはなかった。
慧は、小さくなっていく後ろ姿が見えなくなるまで、ただ静かに見つめていた――。

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