愛より金を選んだ男爵令嬢は人違いで溺愛される
 あの日より前も後も色んなものに好きな刺繍を施してきた。髪飾りにもハンカチにもドレスにも。

 だがそのどれも思い出そうと思えば多少時間は要したとしても思い出せるのだ。

 だが夜会当日のものに関しての記憶は見事というほどにない。

 あの日は特別だったのだ。
 初回が王都で……なんて緊張してしまったけれど、楽しみだったのも事実で。

 だからこそ姉妹でお揃いの部分を作ったのに、なぜ私は思い出せないのだろうか。

 それはおそらく翌日の違和感も影響しているのだろう。
 落ち着いて思い返してみれば、いくら当日緊張していたからといってもドレスが思い出せないわけがないのだ。

 だってあのドレスは一月以上も前から仕上がっていたのだから。

 その日のことが気に入ったらしいお姉様達は『自分の娘にも同じようにデビュタントには薔薇の刺繍の入ったものを持たせるの!』と言って姉妹一刺繍を得意とする、もとい手先の器用さくらいしか売りのない私に嫁入り道具の一つを作らせたのだった。

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