乳吸鬼♀&未来偵察メイド(裏編):ヴァレリの前日譚
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 その少女とすれ違ったとき、直感的に普通の人間の女の子ではないと感じた。あまりにも悠々としていて、自由闊達な雰囲気や存在への自信に溢れている。通常の人間であればたとえ上級従僕階級のエリートであっても、こんな魔族の本拠地である「内城」の近くでは言外に暗黙の恐怖を感じることだろうし、ならず者などにも怯えるはず。良い家のお嬢様だったら昼間でも一人でぶらぶらしているには不自然な場所柄でもある。
 ほとんど銀色に近い淡いブロンドの髪と、ゴシックロリータのエプロンドレスをそよ風になびかせるままに。顔立ちは美少女と言っても差し支えないだろうが漠然たる違和感と親近感が入り混じった印象があった。

(あれって、魔族の混血っぽいよな?)

(だな! 半分の片親はたぶん人間で、お前みたいな遺伝子改良種みたいだろ? 目の虹彩のパターンでわかるが、データベースに照合してみるか?)

 ヴァレリアンと、彼にだけ認識されているキング・ワンのアバターは、ヒソヒソとテレパシーのような会話を交わす。
 ふと振り返ると、あの少女もまた足を止め、こちらを見返しているのだった。どうやらあちらも勘で違和感があったらしい。
 ワンが小言で囁いた。

「あったぜ! シェリア・ヴァレンンシュタインって魔族の女が人間の男と作った娘で名前はルントゥ。備考欄に「人肉を好まない、乳吸い・ミルクサッカー」で「エルフや人間の牧場や村で巡回の獣医と初等医師」」

「ほう? 魔族の改良型、目指すべき理想的なタイプってことなのか?」

 ふいに何かが顔の前に飛来する。
 とっさに受け止めるとオレンジだった。ルントゥが投げつけたらしかった。

「へえ? てっきり顔に当たるかと思ったのに」

 さも面白そうに、探るような目だった。直感でおかしいと思って試してみたのか。だが、オレンジの果実であれば投げつけられて顔に当たっても、成年の丈夫な男ならばそうは致命傷にはならない。そういう「手加減する」という発想や茶目っ気と悪戯っぽさは、魔族としてはソフトな部類だろう。ましてや人間相手ならば。
 対峙するルントゥの目つきが好奇心にキラキラ輝いているようだが、その頭は思考をフル回転させているのかもしれなかった。
 ヴァレリアンはフード付きのマントに肩掛けカバンだから、外部からやって来たとでも目星をつけたのかもしれない。このあたりの上級従僕家系の者やその使用人、あるいは近隣の村々から出入りしている「人間」たちとは様子や格好も違う。

「あの城壁、わかる? 魔族の町だよ?」

「知っている」

「ふーん? 恐くないんだ? 人間なのに」

 やはりそこは、一等に奇妙だろう。
 ごく少数の古い遺伝子改良種の人間(エルフやドワーフ以前のプロトタイプと言えなくもない)や(戦闘適性や資質があって)訓練を積んだ者でない限り、魔族と出会うのは肉食の野獣と向き合うに等しいから。
 ルントゥはくすくす笑った。

「私のパパ、血筋でのパパは「特殊な人間」なんだそうだけど、ひょっとしてあなたもそうなの?」

 ずいぶんと鋭い。
 通常、普通一般の人間と見分けはなかなかできるものではないはずだったが、このルントゥの場合は父親がおそらくヴァレリアンの同類。彼女自身も半ばは同じような存在ゆえに、生物的な勘が働くのか。
 しかしあまり詮索されたり知られるのはヴァレリアンにとって有利とはいえない。

「私、ルントゥ・ヴァレンンシュタイン」

「ヴァレリアンだ。ヴァレリーなどとも言われるが、名前が似ているのは奇遇だ。稀にそういうことがあるのは不思議だが、私はただの植物収集家だよ。農業や園芸に使える珍しい植物を探すプラントハンターで、ついでにその地方で見聞きしたことや植生や農業事情を地誌の報告レポートにまとめている。あちこち旅するから少しは身体を動かしたり身を守る心得があるだけだ」

 これはあらかじめに考えておいた体裁と建前の自己紹介だった。怪しまれすぎないように考えてやっている。

「そうなの? 私、そこいらの牧場で獣医したりしてて、エルフ街区でドワーフの義父の家で居候してるの。もしよかったら、いつかお茶に誘ってお話でも聞かせてよね!」

 愛想よく投げキッスして再びの駆け足気味に歩み去っていく。そのスカートは背中のナップザックに挟まれてめくれあがり、お尻とパンツが丸見えだった。

「スカート!」

「ん? あ?」

 さして驚愕するでもなく、ルントゥは舌を出して笑って、あまり気にせず走り去っていった。
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