乳吸鬼♀&未来偵察メイド(裏編):ヴァレリの前日譚
(6)
 レトラはとっさに逃げようかと思ったが、思い止まった。見張り役が余所見していたとしてもそうは逃げ切れるわけもない。
 ここは魔族の内城に近い町の中なのだから、鎖をつけて走っていたらすぐに見つかって取り押さえられるだろうし、匿ったり助けてくれる村人がいるとも思えない。周りにいる人々は魔族側で恩恵を受けている従僕階級やその手下が大多数だろうし、たとえ商用などで通りがかり百姓や商人がいたとしても、逃亡奴隷を助けるのは本人にとって多大なリスクがある。
 エルフやドワーフなどが集住している街区もあるらしいから、そっちに逃げ込めれば助けたり身代金を立て替えて救って貰えるかもしれない。けれどもこのあたりは魔族側の監視や管理の強いエリアだと思うし、どっちの方向に走ればいいかすらわからないのだ。

(さっき逃げようとして殺された気がするし)

 さっき殺されたなら、まだ生きていて、こうやって引きずり歩かされながらものを考えているのは理屈に合わない。さながら予知の白昼夢のような印象だけが残って、危険な選択に警鐘を鳴らしているかのようだった。
 合理的な思考だけでない、直観や予感。
 それがまさか「未来偵察者」の異能だとは、レトラ自身は知る由もない。


(7)
 どうせ時間ループで強制リセットされるかもしれず、原因究明のための調査など考えたのはかえって仇になったようだ。

(杞憂だったのか? はたして?)

 わずか一日二日が開いただけで魔族側にいぶかしむ者が出てきたらしい。あのあと時間ループは起きていないが、それがヴァレリアンの行動による(あえて積極的な準備や予備動作を何もせず様子見している)のか、他に偶発的な理由があるのか、それはわからない。
 もっとも、ヴァレリアンからすれば特に急いでいるわけでもない(彼らがコントロールしようとしているのは数百年単位での歴史の成り行きである)。最悪はいったん見合わせて数年後や十年後でも良いのだし、この場所は放棄して別の場所で辻褄を合わせたりバランスをとってもいい。
 反面、魔族側は自分たちの命運の瀬戸際なのだと薄々でも察しているのだろうか。勘が良いのか情報網で伝わったのか、警戒して事前に調べたり片をつけに来る奴が早々と出てくる。

「貴様だな! あまり見ない旅行者がいると聞いたが、この付近が「魔族の内城」の直轄だということは知っているのか?」

 宿泊した宿屋で、早朝に食道室に呼び出され、待っていたのは人間の従僕階級らしき者たちと魔族の下級官吏。あるいはここの宿屋から「見慣れない余所者が来ている」などとこっそり通報されたのかもしれない。

「何をしにきた? このあたりに出入りするのは、近くの村で定期の用事か、よくわかっていない商人くらいだがな! それか流れの芸人乞食や剣闘士の類なのか? いずれにも見えん!」

「俺は、植物の調査をしている」

「ほう?」

「こちらに旅行証と命令書がある」

 偽造ではあったが、ひとまず一時以上ごまかせそうな用意だけはしてあった。形式的な見せかけは完璧なはずだったし、たとえ訝しんでも確認して判明するまでに一週間くらいかかる。
 まだ疑わしそうではあったが、そのときにはいったんは引き取らせることができた。だが、全く同じやりとりが四五回も繰り返したのは、ちょうどそのときにまた「時間ループ」が始まったからであった。
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