おくれなば
「……あ、ありがとう!」
かろうじて叫んだ声はちゃんと彼の耳に届いたようで、ひらりと片手を振る後ろ姿。
……え、今何が起きた?
ぼう、とその背中を眺めて考える。
睨みながら手助けしてくれた……?
嫌われてるのか優しくされているのか正直よくわからないけど、ふと彼の右手に握られたみどり色のそれが気になる。
「なんでじょうろ持ってるの?」
この呟き声は彼の耳に届かず、ぽつりと空中に取り残された。
ピーー、という遠くで鳴ったホイッスルの音で我に返り、とりあえずキーパー片付けなきゃ、と切り替える。
明日話しかけてみようかな、なんて未来を想像してみるけど、入学から一週間たった今でも後ろを振り向けずにいる私にはハードルが高すぎるかも。
ふう、と一息ついて、洗い終わったキーパーを両手に再び体育館へ戻る。
このときの私はまだ知らない。
あんな気持ちが芽吹くなんて未来は、想像していなかったんだ。