恋をしない秘書と恋に落ちた御曹司の甘くて危険な攻防戦
 タクシーが到着したのは、看板ひとつ掲げられていない、洗練された雰囲気のビルだった。一見しただけでは、ここが店だとはとても思えない。知る人ぞ知る隠れ家のような佇まいに、私は思わず周囲を見回してしまう。

 要さんが自然な仕草で私の腰に手を回し、そのままエスコートするように入口へと歩き出した。すると、私たちの姿が見えていたのか、タイミングを見計らったように中から静かに扉が開かれる。

『時任様、いらっしゃいませ』

『ご無沙汰しています。本日はよろしくお願いします』

『畏まりました。どうぞこちらへ』

 スタッフの丁寧な挨拶に続き、その視線がゆっくりと私へ向けられる。

 どうして私を見るのだろうか。戸惑っていると、要さんが私の背中を軽く押した。

「みのり、行ってこい」

「えっ……? わ、私ですか?」

「ああ。他に誰がいる?」

 他に誰がいるって……

 私はてっきり、要さんの買い物に付き添うだけだと思っていた。それなのに、突然「お前だ」と言われても、すぐには状況を受け入れられるはずがない。

「俺の恋人役……いや、婚約者になってほしくて、俺が口説いている最中なんだ。だから、しっかり務めてくれよ」

「こ、婚約者⁉」

 思わず素っ頓狂な声が漏れる。

「それくらい言わないと、奥様は簡単には諦めないだろう?」

 確かに、中途半端な設定では、すぐに見破られてしまいそうだ。それでも、いきなり婚約者だなんて、あまりにも話が飛躍しすぎている。

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