恋をしない秘書と恋に落ちた御曹司の甘くて危険な攻防戦
 副社長の表情は至って真面目で、冗談を言っているようには見えない。だからこそ余計に、ここで素直に従ってしまえば、そのまま流されて断れなくなってしまいそうだった。

「副社長、私は——」

「ストップ」

 はっきりと断ろうとしたその瞬間、私の唇を閉ざすように副社長の指がそっと触れる。驚いて、思わず口を噤んでしまった。

「俺の名前を知ってるか?」

「えっ? 時任副社長ですよね?」

「下の名前」

「要様……ですよね?」

 社内の女性たちが“要様”と呼んで騒いでいる。聞くつもりがなくても、そんな会話は嫌でも耳に入っていた。

「ああ、正解だ。業務中以外は、名前で呼んでくれ」

「な、名前? 無理です……」

「上司からの指示に従えないと?」

「そんな……」

(たった今、業務中以外って言ったのに、それを上司の指示って……矛盾してない? 私はどうしたらいいの?)

 訳がわからなくて、とにかく今はここから逃げることだけを考える。一度冷静になって、きちんと考える時間が必要だった。
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