恋をしない秘書と恋に落ちた御曹司の甘くて危険な攻防戦
 一旦は回避できた――そう思っていたのに、本当のトラブルはここからだった。

「ねぇ、あなた!」

 エレベーターが一階に到着し、エントランスを横切っていたその時――不意にそんな声が耳に飛び込んでくる。
 
 私には、社内で親しくしている人間はいないし、顔見知りといえば秘書課のメンバーくらいのものだ。

 まさか自分が呼ばれているとは思わず、そのまま足早に立ち去ろうとした、その瞬間――

「ちょっと待ちなさいよ! 橋爪みのり!」

 フルネームで呼ばれてしまい、ビクッと肩が跳ね上がる。恐る恐る振り返ると、そこには腰に手を当て、あからさまにこちらを睨みつけている女性の姿があった。

 どこかで見たことがあるような気がする――そう思って記憶を手繰り寄せてみても、なかなか思い出せない。

「あの……どちら様でしょうか?」

「はぁ? 同期の顔も忘れたの⁉」

「同期……あっ!」

 その一言で、入社当時の最悪な記憶が一気に蘇る。

 入社したばかりの頃――新入社員研修の時から、なぜかやたらと私を敵視してくる人物がいた。

 その女性――高橋麗美はどこかのお嬢様で、自らコネ入社だと自慢げに語っていた姿が、今でも妙に印象に残っている。
< 26 / 184 >

この作品をシェア

pagetop