恋をしない秘書と恋に落ちた御曹司の甘くて危険な攻防戦
「か、要さん」

「呼び捨てでいいくらいだが……」

「無理です!」

 今度は私が即答する番だった。

 尊敬する副社長を呼び捨てで呼べるはずがない。そんなことをしたら、緊張でまともに会話すらできなくなってしまう。

「まあ、いいか――」

 要さんは苦笑しながら肩を竦めた。そこからは、美味しい食事をいただきながら、要さん主導で会話が進んでいく。

 仕事の話から海外での出来事、趣味や休日の過ごし方まで、話題は次々と移り変わった。要さんの話術は巧みで、気付けば私も緊張を忘れ、質問に素直に答えていた。

 そして、少しだけ肩の力が抜けてきた頃――

「なぁ、初日に言ったこと……」

「えっ……?」

 不意に真面目な声で切り出され、思わず姿勢を正す。初日とは、要さんが帰国した日のことだろうか。私は何か失礼なことでも言ってしまったのだろうかと不安になり、記憶を辿ろうと必死に頭を働かせた。

「もう恋はしないし、恋人も不要だと言っただろう?」

「えっと……はい」

 恋人役を任命されそうになった時のこと――私は丁重にお断りしたはずだった。

 秘書として帯同しているだけでも周囲から嫉妬や好奇の視線を向けられているのに、それ以上面倒な立場になるのは勘弁してもらいたい。

「その原因は何だ? 教えてくれないか?」

 あまりにも真っ直ぐな問いかけに、私は言葉を失う。まさかそこを聞かれるとは思っていなかった。

 けれど、この機会だからこそ、はっきりと理由を伝えておくべきなのかもしれない。そうすれば、今後これ以上巻き込まれることもなくなるだろう。

 私は小さく息を吸い込み、意を決して口を開いた。

「高校時代の話なのですが――」
< 36 / 184 >

この作品をシェア

pagetop