恋をしない秘書と恋に落ちた御曹司の甘くて危険な攻防戦
「誰だ? ちょっと失礼……好きな物を注文して飲んでいてくれ」

 スマホを確認した要さんは顔をしかめると席を立ち、足早に店を出て行く。その凛々しい後ろ姿を、私はしばらくぼんやりと見つめていた。

「お飲み物のご注文をお伺いいたします」

 店員の声に促されてグラスへ視線を落とすと、いつの間にか中身は空になっている。話に夢中になっているうちに、無意識のまま飲み干してしまっていたらしい。

「おすすめのカクテルをいただいてもいいですか?」

「かしこまりました」

 アルコールのせいで頬はほんのり火照っている。いつもならここでやめておくところだが、手持ち無沙汰だったこともあり、つい追加で注文してしまった。

 ほどなくして運ばれてきたのは、グラスの中で宝石のように輝く美しいカクテルだった。

 夜景とカクテル――そんな華やかなシチュエーションは、私にはまるで縁のない世界。だからだろうか。胸の奥がずっと落ち着かず、きゅっと締めつけられるような感覚が続いている。

「貴明~、私、鞄が欲しいなぁ~。ダメぇ……?」

 ホテルの静かなバーには似つかわしくない、甘ったるい声が耳に飛び込んできた。

 普段なら気にも留めないはずなのに、『貴明』という名前を聞いた瞬間、私は思わずビクッと肩を震わせる。
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