終電を逃した夜、鑑賞用の王子様は婚約者にした私を離さない

第9話 婚約者はあたしだけだから

あの挨拶のあと、社長がうまくその場を収めて、パーティーはつつがなく幕を閉じた。
綾人はなぜかご機嫌で、あたしを引き寄せたまま離さなかった。
 
彼の隣で挨拶回りをしたものの、心身ともに疲労困憊なあたしは、一刻も早く帰りたかった。
参加者たちも、少しずつ帰る支度を始めている。 
 
「志穂、帰るぞ」

その声にあたしは、やっと安堵の息を吐く。
すると、後ろから呼び止められた。      
 
「綾人」

振り向くと、社長が不敵な笑みでこちらを見ている。
 
「何だよ」
 
綾人も不遜……というか、ただのどや顔にも見えるけれど、口角が上がっている。
 
「務めは果たしただろ」  
「連れて来いとは言ったが……」
 
社長は一度あたしを見る。
 
「“面白いもの”を連れてきたな」
 
(……は?面白いもの?ものっていった?!)
 
その言葉に、思わず顔を上げる。
綾人は、ふっと笑った。
 
「だろ」
 
軽く言い返すその声に気づく。
 
(この二人……間違いなく親子だわ)
 
すると社長の視線が、もう一度わたしに向く。
 
「藤原さん。この男を選んだこと、後悔しないといい」
 
静かな声音だが、警告でもあり、承認でもあるように聞こえる。

(選んだわけじゃない。フリの婚約者なのに)
 
「……はい」
 
でも、気づけば、そう答えていた。
社長は小さく頷くと、 そのまま背を向けた。
 
去っていく姿を見送ると、今度こそ固く張り詰めた体が一気に緩む。
 
「……はぁ……」
 
思わず息を吐いた瞬間、ぐっと腰を引き寄せられる。
      
「随分、堂々と名乗ってたな」
「……名女優だからね」
「違いねぇな」 
「……もう早く帰ってミルクティー飲みたい……」
  
噛みつく元気も今はなく、ただひたすら家に帰りたかった。
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