終電を逃した夜、鑑賞用の王子様は婚約者にした私を離さない
もはや説教というより、ただの愚痴みたいになっていた。
でも、その途中で綾人がボソッと言う。
 
「でも来ただろ」
「は?」
「逃げなかった」
「壇上にも来た」
「婚約者だって言った」
「そ、それは……」
「結果的にうまくいっただろ」
「結果論!!」
「俺の機嫌はいいけどな」

そう言って綾人は楽しそうに、アップにしていたあたしの髪を勝手にほどいていく。
  
「知らないわよ!」
「知ってる」
「だからって許してないからね!」
「ミルクティー飲むか?」
 
綾人はそう言いながら、ほどききった髪を一掬いして撫でている。
まるで、宥めているような。
でも、愛でているみたいな。 

(掌握されてるみたい……ずるい)  
 
「……飲む」
 
綾人が淹れてくれたミルクティーを一口飲む。
ふわりと広がる甘い香りに、ほだされていくのがわかる。
  
「機嫌直った?」
「直ってない」

可愛くない返事をしたのは、分かってる。
カップの水面に映る自分の顔に、ふと九条さんが揺らめく。
   
「……九条さんと、正反対だよね」
「何が」
「全部」
「綺麗だし、品もあるし、家柄だって……」

(あたしが持ってないもの……全部持ってる)  

なぜか認めたくなくて、ぽつりと落ちる小さな声。 
 
「あたしなんかとは全然違う」
「……そうか?」
「……そうでしょ」
「俺には、お前くらいがちょうどいいけどな」
 
その言葉に、思わず固まる。
綾人は自分で淹れたミルクティーを飲みながら、さらっと言ってのける。

「藤垣綾人の婚約者だろ?」
「もっと自信持てよ」
 
綾人はあたしの顎を軽く持ち上げ、ふっと笑った。
ミルクティーの甘さと一緒に触れた体温が、やけに胸に残る。

フリなのに。
ただの契約なのに。
どうしてあたしは、あんな言葉ひとつで嬉しくなってしまうんだろう。
 
——この時にはまだ、気づいていなかった。
 
あの日の壇上で。

一番変わってしまったのは、きっとあたし自身だった。 
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