終電を逃した夜、鑑賞用の王子様は婚約者にした私を離さない
気を抜けば、素に戻ってしまいそうになる。
 
彼女からは、肩書きにある副社長としての、本物の余裕が滲み出て、気後れしそうだ。 
       
それでも、あたしは笑顔を張り付かせたまま、九条さんに提案を続けて行く。

「——以上となります」
「なるほど。藤原さんの資料、非常に分かりやすく、魅力的です」

喜んだのも束の間。
すぐさま資料に、端正な文字で、算出された数字と課題が書き足されていく。
  
「ですが、来年度の市場動向を考えると、こちらの訴求軸の方が効果的かもしれませんね」
「……確かに」

あたしの苦手とするところを突かれ、言葉に詰まる。
悔しさが、汗と一緒に滲んでいく。

「綾人さんが選ぶのも分かります。藤原さんはお仕事もできる方です」
「ですが、負けるつもりも婚約者も譲るつもりはありません。私には私にしかできない役割があります」

——婚約者
その響きに、心臓が嫌な音を立てる。
強く勇ましい瞳で、九条さんは言い切った。 
  
「ワタセホテルに貢献できる部分は、私の方が多いと思っています」 
 
あたしの言葉を待たずに、面談は終わった。
気付けば、展示会場の熱気も人の声も遠く感じる。
 
「藤原先輩っ、お疲れ様です」
 
後輩に呼ばれて我に返り、あたしはいつもの仮面を着け直す。
 
「お疲れさま。どうだった?」
「手応えありですっ!九条グループはどうでした?」
「うん。良い勉強になった」
 
——それだけは、本当だった。
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