終電を逃した夜、鑑賞用の王子様は婚約者にした私を離さない
定時で上がったものの、綾人に連絡するのもなんか癪だった。

(もう、知るかっ、あんなやつっ)
  
カードキーをかざして玄関を開ける。
すると、リビングから微かに物音が聞こえた。
 
「……っ」
 
反射的に足が止まる。
コーヒーメーカーの音。
食器が触れ合う音。
誰かが部屋にいる気配がする。
たったそれだけなのに、胸の奥が熱くなる。
 
(帰ってる……)
 
昨日まであれほど静かだった部屋。
何もなかったはずの空間に、綾人の日常が戻っている。
たったそれだけで、張り詰めていた何かが緩みそうになる。
 
けれど――
 
(携帯壊れたなら言いなさいよっ)
(九条さんには話してたくせにっ)
(あたしには何にも言わなかったくせにっ)
(ばーかばーか!綾人のばかっ!!)
  
胸の奥で、ぐちゃぐちゃになった感情が暴れ出す。
安心したのか。
腹が立っているのか。
嬉しかったのか。 
寂しかったのか。 
自分でもよく分からない。
ただひとつ分かるのは。
 
昨日、あの静かな部屋で感じた気持ちは、勘違いなんかじゃなかったということ。
 
あたしは逸る気持ちをおさえて、リビングの扉を開けた。
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