終電を逃した夜、鑑賞用の王子様は婚約者にした私を離さない
「ただいま」

玄関のドアを開けると、デミグラスソースの良い匂いがした。
 
「遅かったな」
「うん」

エプロンにメガネをかけた綾人が出迎えてくれた。  
 
「飯できてる」
「ありがとう」

いつもと変わらない日常の風景。 
色付いていたはずなのに、なぜかセピア色に見える。

「ミルクティー冷めるぞ」
「うん」

美味しかったはずの晩ごはん。
甘かったはずのミルクティー。
そのどれもが、一つずつ、色も輝きも失っていく。  
 
「志穂」
「なに?」
「ちゃんと帰ってきたな」
「……うん」
「ならいい」
 
綾人はそう言って、笑ってふとんをかけてくれた。
その笑顔が苦しくて。

(このぬくもりも……欲しがっちゃだめ……)

こぼれ落ちそうなのを堪え、歪んでいく瞳。
あたしはそれを、必死にふとんに隠した。

——明日になれば、ちゃんと綾人から離れられると思っていた。 
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