好きなのは匂いだけだったはずなのに。〜完璧上司の独占欲が止まりません〜
それからも白石部長の態度は変わることなく、それに少し安堵していた。
「おはよう、水瀬」
「おはようござ、」
挨拶を交わそうとしていつもの匂いの中にふと混じるそれに、思わず言葉が詰まった。
「水瀬?」
不思議そうに首を傾げた白石部長の腕を掴んで、ぐっと顔を近づけて詰め寄る。
給湯室で二人っきりで良かった。
ここならわざわざ隠す必要もない。
「白石部長、今日体調悪いですよね?」
「……なんでわかった?」
完璧に振舞っていて誰も気付かなくても私にはわかる。
匂いです、って言えばいいのに。
白石部長は受け入れてくれたんだから、今さら拒絶するような人じゃない。
……そう思うのに言葉が出てこない。
「……っ」
言葉に詰まった私に、白石部長がため息を吐く。
思わず肩がぴくりと跳ねて心臓が鈍く軋む。
ぎゅっと目を瞑った瞬間。
耳に飛び込んできたのは、
「凄いな。そんなことまでわかるのか」
どこまでも優しい声だった。
「……分かります」
「いいものを持ってるな」
人より嗅覚に敏感な鼻をそういうふうに言われたのは初めてで、抱えていた不安が一気に軽くなった気がした。
「……誰かに心配をされたのは随分久しぶりに感じるな」
「それは白石部長が隠すのが上手いからです」
いつも白石部長は自分の不調を隠して無理をする。
むすっと口を尖らせると、目を丸くさせた白石部長が珍しく吹き出すように破顔する。
「前から気付いてたのか?」
「……はい」
隠したがってるのがわかってたからずっと言えなかった。
本当はずっとずっと。
「はは。よく見てるんだな?」
「見てますし嗅いでます。だから……無理しないでください」
ずっとこの言葉を伝えたかった。
口元を抑えた白石部長が、ゆるりと瞳を蕩けさせるように微笑む。
「ああ。そうだな、無理はしない」
白石部長の言葉に、良かった……と胸を撫で下ろしている私を、優しく見つめていたなんて気付かなかった。
「あ、」
「ん?どうした」
柔らかな相槌に頬が緩みそうになる。
「情シスの宮脇さんも体調悪そうでした。風邪が流行ってるみたいですね」
「……宮脇?」
「え?はい」
「ふうん。……いや、なんでもない」
少し低くなった声に気付かず、「白石部長も気を付けてくださいね。弱ってる時が一番風邪をひきやすいですから」と続けると短い返事が返ってくる。
「……宮脇の匂いも好きなのか?」
何かを思案するように眉を寄せていた白石部長がぽつりと口を開く。
「え?……えっと、いい匂いだとは思います……?」
至極真剣な表情にどう言っていいかわからずそう言うと、眉間の皺を深くして白石部長は言葉を続ける。
「他の男……いや、人の匂いも覚えてるのか?」
「一応、覚えてはいると思います……?」
どうしてそんなこと聞くんだろう?
それに、何か怒ってる……?
首を傾げた私に、白石部長がわずかに眉を顰めた。
「白石部長?」
「……っ!いや、なんでもない。忘れてくれ」
ハッとした様子で口元を抑えると言葉少なに足早に給湯室を出る姿は、ふらふらとしていて気のせいか耳が真っ赤に見えた。