好きなのは匂いだけだったはずなのに。〜完璧上司の独占欲が止まりません〜
そんな出来事から数日後。
すっかり全快した白石部長は、あれから特に風邪をひくことなく元気そうだった。
「ーー水瀬、この資料頼めるか?」
何の前触れもなくふいに降ってきた声に大袈裟に肩が跳ねる。
「悪い。驚かせたな」
「いえ、こちらこそすみません……」
小さく笑う白石部長に恥ずかしくなって目を伏せる。
そしてやっぱり、あれ?と首を傾げる。
おかしいな……。
すっかり元気になったらしい白石部長に声をかけられるまで彼の気配に気付かなかった。
今日の白石部長は、少し匂いが薄い気がする。
「水瀬?」
「あ……はい。大丈夫です」
首を傾げる白石部長に返事をしてからも、心は上の空だった。
こんなに近くにいても、やっぱり匂いがしなかった。
「じゃあ頼む」
そう言って去っていく白石部長の後ろ姿からは、いつもなら感じるはずの匂いがしない。
どれだけ息を吸い込んでも鼻先を掠めるあの香りはない。
……もしかして、この前私が白石部長の体調不良に匂いで気付いてたって言ったから気持ち悪いって思われたのかな。
不安でさあっと顔が青ざめていく。心做しかお腹も痛い。
匂いだけじゃなくて、いつの間にか白石部長の存在がこんなにも大きくなっていたなんて……。
だめだめ。今は仕事に集中しないと。
きゅっと唇をかみしめながら、不安を振り払うように仕事に戻る。
ーーその姿を白石部長が見ていたなんて気付かずに。