好きなのは匂いだけだったはずなのに。〜完璧上司の独占欲が止まりません〜
定時少し前。

白石部長に頼まれていた資料の最終確認を終えて、保存ボタンを押して共有フォルダを閉じる。

今日は大人しく早く帰ろう。
ほろほろと砕けた心を癒す日にしようと決めて、ふいにパソコンを見ると、

ーーサーバーとの接続が切断されました。

と書かれたエラー表示に、ざわりと嫌な予感が走った。
慌てて、共有フォルダを開き直すがそこにあるはずのファイルは何度見ても見当たらない。

「……っ、」

指先が冷える。
ああ、もう今日はなんて最悪な日なんだろう。
もう泣き出してしまいたかった。

やっとの事で作り上げた資料が一瞬にして跡形もなく消えている。

「ーーどうした?」

ふいに背後から低い声が降ってきて、パソコン画面を覗き込む。

「少し借りるぞ。……データは消えてるな」

マウスを弄る白石部長からは、こんなに至近距離にいるのに何の匂いもしなかった。

それが少し寂しい、だなんて。

瞳を伏せている私に気付いた白石部長が、何かを言おうとしてすぐに口を結んだ。

「白石部長……?」
「……情シスに問い合わせる」
「私やります!宮脇さんに、」
「いや、俺がやる」

私の言葉を遮るようにそう言った白石部長はハッとした顔をした。ぱちぱちと目を瞬く私を見て、どこか気まずそうに口を開く。

「……宮脇へは俺がやるから。少し待ってろ」
「はい。ありがとうございます」

去っていく白石部長のスーツのポケットが不自然に膨らんでいて、慌てて押し込んだのかひょっこりと噴射口が顔を出している。

……あれは、スプレーボトル?
どうしてあんなのを持ち歩いてるんだろう?


一部でのサーバー障害。
作り直すしか術がなく、定時間際ともあって帰る同僚たちを横目に、キーボードを叩く。

誰もいなくなったオフィスで、白石部長と二人きり。

忙しすぎて気まずさすらも感じられなかったのはちょっと良かったかも。

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