離縁したはずですが、元夫が再会後に溺愛してきます
実家が民宿をやっているという彼女は、接客が大好きで宿泊のお客様をいかにもてなすかをいつも考えているような子だった。

澪が配属になったホテルは、彼女のアイデアで客室で楽しめるアロマやバスソルトの貸し出しを行い、季節に合わせてフロント装飾をするなど工夫し、他のホテルよりも売り上げとお客様評価が右肩上がりになった。

そんな彼女に感化されたようで、不当な扱いを理不尽に感じながらも、やはりこのままで終われるものかと父も兄も見返してやろうと奮起し、仕事により一層精を出すようになった。

本当に楽しそうに仕事をする彼女に俺はすぐに惹かれ、徐々に距離を詰め出会ってから半年後には告白をし、二年ほど交際期間を経てプロポーズをした。

結婚してからの毎日は幸せだった。澪はいつも笑顔で、弱音を吐くことはほとんどない。落ち込むことがあっても解決策を考え、前向きに対処する姿を尊敬していた。

彼女の柔らかい笑顔を一生かけて守るのだと誓い家族になったのに、むしろ俺が癒しをもらい、精神的に助けてもらっていたように思う。

俺は父のようにはならない。家族を守る男になりたいのだと、ふたりで過ごすささやかな毎日を慈しんでいた。そして、澪との子どもを授かったらさらに幸せが増えると信じ、避妊をせず自然に任せて夜を過ごしていた。


そうして、結婚から十カ月も経ったころ、仕事中たまたま帳簿を見る機会があった。知らない会社名が何度も出てきていることに気が付き、社内の資金の流れに違和感を覚えた。

始めは、倫理観に乏しい父と、才に乏しく言葉だけが鋭い兄であっても、犯罪だけは手を染めることはないと信じていた。
しかし、どうだろう。そんな分別を信じる気持ちは打ち砕かれ、調べるほどその実態が浮かび上がり、それが不正だと確信を持つことになった。

この時の俺は、誰が味方かわからない中、周囲に相談せずにひとりで証拠を集めるしかなかった。緊張もあり精神的に追い詰められていたが、澪に打ち明けるわけにもいかず、しばらくの間、疲れた姿ばかりを見せていたように思う。

不正の内容は、奥を覗くほどひどいもので、不正会計に粉飾決算。違法接待にマネーロンダリングと、叩けば叩くほど埃が出た。

黒幕の父もだが、雄司の行いも酷いもので悪徳な不動産屋と結託し、環境アセスメントを改ざんしたリゾート開発を進めていた。土地も強引に買収していたようで、裁判になりそうな案件もあった。

ふたりは本当の家族ではなかったが、血のつながりのある関係としてそれなりの情はあったのに、ここまで大きな事案になるまでどうして気が付かなかったのかと、自分の不甲斐なさと、許せない気持ちが募った。

弁護士に相談しながら二か月ほどかけ入念に準備をし、その後、検察へと告発を持ち込んだ。


――その準備には、澪との離婚も含まれていた。

捜査側から見れば、俺も『関与している可能性を否定できない人物』だそうだ。
弁護士からは事情聴取は避けられず、澪にも影響が及ぶ可能性があると聞かされた。

家宅や資産の調査も入るだろう。そうすればマスコミにも晒され、世間の目も及ぶ。俺の実名・顔出しが行われた場合、その妻である澪への影響を懸念した。絶対に潔白である彼女を、こんなことに巻き込みたくなどない。

離婚を決めたのは、結婚一周年を迎える数日前。お祝いのディナーは随分前から予約してあったし、プレゼントも購入済みのタイミング。澪はその日を迎えるのを楽しみに待ってくれていたはずだった。

絶対に泣かせたくなどないのに、自分の手でこの関係を引き裂かなければならないのだと思うと辛くて堪らなかった。

――しかし、別れることですべてを回避できるとは思わないが、こんな悪事に澪を巻き込むくらいなら、少しでも安全な場所にいてもらいたい。

伝えようと覚悟を決めた日、シフトが休みだった澪は俺が仕事から帰ると笑顔で出迎えてくれた。


初めてデートに誘った時より、好きだと伝えた日より、プロポーズを伝えた瞬間より、比べようがないほど心臓が締め付けられた。

――ああ、生涯を共にすると誓ったのにどうして。

冷めた男を演じなくてはならないのに、うっかり抱きしめそうになった。
可愛くて愛おしくて……甘い香りを放つ君を抱きしめ、好きだと叫びたくなった。

君に恋を自覚したあの日から、澪への思いは変わらないどころか溢れるほど膨らんでいて、重みを増している。
別れの言葉を告げたら、泣くだろうか。

――俺を、恨むだろうか。

飲み込む唾液がないほどカラカラの喉を動かし「離婚しよう」と俺は告げた。

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