離縁したはずですが、元夫が再会後に溺愛してきます
私が気付くのと同じタイミングで後部座席のドアが開き、スーツ姿の樹さんが降りてくる。
「樹さん……」
やっと落ち着いてきた心臓が、また跳ね上がった。
(どうしてここに)
まだこちらで仕事があるから一泊するとは聞いていたが、もうとっくに東京へ戻ったと思っていた。
職場も伝えたし、もう電話番号も互いに知っている。昨夜のプロポーズはゆっくり考えていいと保留にしてくれていて、また会いに来るとは言っていた。けれど、それが今日だとは思っていなかった。
「澪、会えてよかった」
樹さんはほっとしたような笑顔で近づいてきた。
「東京に帰ったんじゃなかったの?」
「帰る前にもう一度だけ会いたかったんだ。少し時間ある?」
「ごめんなさい。保育園のお迎えがあってあんまり……」
「あ、そっか。そうだよな。ごめんそんなことも気が付かないなんて失格だな」
樹さんははたと気が付いたようで、自分の失態を嘆いた。
そんなに落ち込まなくとも、昨日まで子どもの世話もしたことがなかったのだから、こういった子どものお世話が頭に入っていなくても仕方がない。
「高野さんのお知り合いです? ……あれ? あなたどこかで……」
木場さんが私と樹さんを見比べて不思議そうな顔をした。
(……っそうだ! 木場さんいたんだった!)
「い、樹さん、十五分くらいなら大丈夫なので場所移しましょう! 木場さんお疲れ様です! ここで失礼しますね」
樹さんは今や時の人だ。テレビ出演後からSNSでイケメン社長というハッシュタグがトレンド入りしていると、参観会の時に友達ママが話題にしていた。
それはもちろん樹さんのことだ。未婚で子どもがいたなど知られたらスキャンダルになってしまうかもしれないのだから、気を付けるにこしたことはない。
慌てて樹さんの手を取ると彼の車の方へひっぱる。自分の車より、スモークが貼られた車なら樹さんの顔を隠せると思って、乗車の許可をもらうと樹さんを後部座席に押し込んだ。
木場さんは驚いた顔でしばらくこちらを見ていたが、私たちが車の影に入ると何かぶつぶつと言いながら帰っていった。
あの様子だと、すぐに樹さんの正体を思い出すだろう。そうしたら、次は私との関係を聞かれる気がする。
なんて答えればいいんだろう。
今の関係は曖昧だし、変な噂が立つようなことは避けて、樹さんに迷惑がかからないようにしたい。
「大胆な澪もいいな」
「え……? きゃあ!」
気づけば、後部座席で樹さんを押し倒すような体制だった。
抱きついていた手をパッと放し、姿勢を正して座り直す。
「す、すみません……突然だったのでびっくりして」
「アポ無しで押しかけたのは俺だから、謝ることはない。帰る前にもう一度顔を見たくて秘書にもわがままを言って来させてもらったんだ」
そう言われて助手席を見ると、テレビでも、参観会でも樹さんのそばに控えていた美人が振り返った。
「式島の秘書をしております、宮原です」
「初めまして、突然お邪魔してしまってすみません! 高野と申します」
黒いストレートの髪をひとつに束ね、紺色のスーツをスマートに着こなしていた。化粧も控えめで派手ではないのに、華やかに感じる人だ。
「宮原は、会社立ち上げから力になってくれているんだ」
樹さんが紹介すると、宮原さんは会釈をしすぐに前に向き直った。
樹さんが頼りにするなんて、きっと仕事のできる人だ。知的そうな佇まいに、少し気後れした。
「突然すまない。昨夜は色々話したから、悩ませてしまっただろうと心配したんだ。予想通り、寝不足そうだな」
目の下の隈がまだ消えていないのか、親指がすっとなぞる。
「ちょっと考え込んじゃって。あと、久しぶりに会えたので、少し、その……気持ちが興奮していたかも」
樹さんに誤魔化しはきかないのはわかっているので、素直に気持ちを伝えると、嬉しそうに目を細めた。
「また会いにくる。次の休みはいつだ? よかったら柊……君と、三人で過ごさせてくれないか」
「柊と……? 会うのは構わないけれど、まだ、あなたが父親だと話すことはできないよ。それでもいいなら」
「構わない。澪の友達として接するよ。澪の気持ちが決まるまで決して明かさない。頼む。少しでもあの子の成長を見守りたいんだ」
結婚していたころ、ふたりで話し合い早く家族が欲しいとなった。樹さんも子どもを待ち望んでくれていたのを知っていたはずなのに、どうしてあの時、妊娠したと言う勇気を持てなかったんだろう。
樹さんの様子が違うことには、気がつけていたのに。
あの時勇気をだしていたら、違う未来もあったのかもしれない。
「……次の休みは日曜日だけど、先約があるの。さっき一緒にいた木場さんと公園でサッカーをする約束をしていて」
「樹さん……」
やっと落ち着いてきた心臓が、また跳ね上がった。
(どうしてここに)
まだこちらで仕事があるから一泊するとは聞いていたが、もうとっくに東京へ戻ったと思っていた。
職場も伝えたし、もう電話番号も互いに知っている。昨夜のプロポーズはゆっくり考えていいと保留にしてくれていて、また会いに来るとは言っていた。けれど、それが今日だとは思っていなかった。
「澪、会えてよかった」
樹さんはほっとしたような笑顔で近づいてきた。
「東京に帰ったんじゃなかったの?」
「帰る前にもう一度だけ会いたかったんだ。少し時間ある?」
「ごめんなさい。保育園のお迎えがあってあんまり……」
「あ、そっか。そうだよな。ごめんそんなことも気が付かないなんて失格だな」
樹さんははたと気が付いたようで、自分の失態を嘆いた。
そんなに落ち込まなくとも、昨日まで子どもの世話もしたことがなかったのだから、こういった子どものお世話が頭に入っていなくても仕方がない。
「高野さんのお知り合いです? ……あれ? あなたどこかで……」
木場さんが私と樹さんを見比べて不思議そうな顔をした。
(……っそうだ! 木場さんいたんだった!)
「い、樹さん、十五分くらいなら大丈夫なので場所移しましょう! 木場さんお疲れ様です! ここで失礼しますね」
樹さんは今や時の人だ。テレビ出演後からSNSでイケメン社長というハッシュタグがトレンド入りしていると、参観会の時に友達ママが話題にしていた。
それはもちろん樹さんのことだ。未婚で子どもがいたなど知られたらスキャンダルになってしまうかもしれないのだから、気を付けるにこしたことはない。
慌てて樹さんの手を取ると彼の車の方へひっぱる。自分の車より、スモークが貼られた車なら樹さんの顔を隠せると思って、乗車の許可をもらうと樹さんを後部座席に押し込んだ。
木場さんは驚いた顔でしばらくこちらを見ていたが、私たちが車の影に入ると何かぶつぶつと言いながら帰っていった。
あの様子だと、すぐに樹さんの正体を思い出すだろう。そうしたら、次は私との関係を聞かれる気がする。
なんて答えればいいんだろう。
今の関係は曖昧だし、変な噂が立つようなことは避けて、樹さんに迷惑がかからないようにしたい。
「大胆な澪もいいな」
「え……? きゃあ!」
気づけば、後部座席で樹さんを押し倒すような体制だった。
抱きついていた手をパッと放し、姿勢を正して座り直す。
「す、すみません……突然だったのでびっくりして」
「アポ無しで押しかけたのは俺だから、謝ることはない。帰る前にもう一度顔を見たくて秘書にもわがままを言って来させてもらったんだ」
そう言われて助手席を見ると、テレビでも、参観会でも樹さんのそばに控えていた美人が振り返った。
「式島の秘書をしております、宮原です」
「初めまして、突然お邪魔してしまってすみません! 高野と申します」
黒いストレートの髪をひとつに束ね、紺色のスーツをスマートに着こなしていた。化粧も控えめで派手ではないのに、華やかに感じる人だ。
「宮原は、会社立ち上げから力になってくれているんだ」
樹さんが紹介すると、宮原さんは会釈をしすぐに前に向き直った。
樹さんが頼りにするなんて、きっと仕事のできる人だ。知的そうな佇まいに、少し気後れした。
「突然すまない。昨夜は色々話したから、悩ませてしまっただろうと心配したんだ。予想通り、寝不足そうだな」
目の下の隈がまだ消えていないのか、親指がすっとなぞる。
「ちょっと考え込んじゃって。あと、久しぶりに会えたので、少し、その……気持ちが興奮していたかも」
樹さんに誤魔化しはきかないのはわかっているので、素直に気持ちを伝えると、嬉しそうに目を細めた。
「また会いにくる。次の休みはいつだ? よかったら柊……君と、三人で過ごさせてくれないか」
「柊と……? 会うのは構わないけれど、まだ、あなたが父親だと話すことはできないよ。それでもいいなら」
「構わない。澪の友達として接するよ。澪の気持ちが決まるまで決して明かさない。頼む。少しでもあの子の成長を見守りたいんだ」
結婚していたころ、ふたりで話し合い早く家族が欲しいとなった。樹さんも子どもを待ち望んでくれていたのを知っていたはずなのに、どうしてあの時、妊娠したと言う勇気を持てなかったんだろう。
樹さんの様子が違うことには、気がつけていたのに。
あの時勇気をだしていたら、違う未来もあったのかもしれない。
「……次の休みは日曜日だけど、先約があるの。さっき一緒にいた木場さんと公園でサッカーをする約束をしていて」