離縁したはずですが、元夫が再会後に溺愛してきます
声のしたほうを見ると、今日木場さんと一緒にフロント業務である同僚が、大荷物を抱えあたふたとしている。

「今行きます!」

木場さんは振り返り、大きな声で返事をする。
少しも笑っていないのに、それはいつもの落ち着いた声だった。



その後、急いでその場を離れ、保育園のお迎えに行った。
手首には木場さんに握られたときの爪の後が残っている。心臓はバクバクとしたままで、家に帰っても全然落ち着かない。

(どうしよう……)

ふたりきりにならなければ、人前では変なことはしなそうだ。
幸い、来週までシフトは被らない。家まで来てしまうこともありそうだが、とりあえず今夜は夜勤なので大丈夫だ。

落ち着いて状況を整理しようとするが、どうしても震えが治まらない。

「ママ、げんきないの?」

寝かしつけていると、眠る直前の柊に言われてしまい、申し訳なさでいっぱいになった。

「そんなことないよ。心配かけちゃってごめんね」

柊が小さな手で、ぎゅっと指を握ってくれる。

「いっくんにあいたいね」

言いながら柊は寝てしまった。
樹さんが居ないことで、私が寂しがっていると思ったらしい。

小さな温もりにほっとして、胸がいっぱいになった。すぐに鼻がつんとしてくる。

(声を聞きたい)

樹さんは、今週いっぱいは九州だと言っていた気がする。
週末で会食などの予定があるかもしれない。迷惑をかけてしまうことも考えたが、心細さに負けて電話をかけてみた。

新しい電話番号に、自分からかけるのは初めてだった。呼び出しのコールの間、さっきまでと違う、恐怖ではなく緊張の音で心臓がトクトクと鳴っていた。

『澪?』

十回目のコールで諦めかけた時、少し焦った声が聞こえた。

「樹さん……」

『ああ、よかった。間に合った。ちょっと待ってくれ』

電話の向こう側はなんだか慌ただしい。声が響いており、シャワーだろうかジャージャーと連続した水音が聞こえていたが、それが止まる。

バサバサと布が擦れる音がしたと思ったら『もしもし』と声がした。

「もしかして、お風呂はいってた?」

『ああ、ちょうど出るところだったんだ。澪からの電話にでれてよかったよ』

「風邪ひいちゃうよ。あとでよかったのに」

電話に出てくれたことを嬉しく思いつつも、急がせたことを申し訳なく思った。

『澪からの電話だぞ。たとえ飛行機の中でもなんとしても出たいね』

「ふふ、それは自重してください」

笑うと、樹さんもふと笑った気配がした。

『澪はもう寝るところ?』

「うん……そんな感じ」

安心できる声に涙腺が緩む。心配も迷惑もかけたくないのに。声が震えたのが伝わってしまったのか、ひと息おいて樹さんは真剣な声色になった。

『――何かあった?』

「ちょっと……」

話していいものか悩んだが、こんな状態で電話をしておいて何もありませんというのはもっと気を使わせてしまう。

今日の出来事を打ち明け、不安な点と、これからどうしたらいいのかを相談した。

『日曜の朝……いや、明日の夜ならどうにかなる。そっちに行くから、それまで耐えられるか』

「えっ⁉ 樹さん、今週は来られないって……駄目だよ。そんな無理をさせられない。来週末の三連休は一緒に過ごすんだし、それまでなんとかなるから」

『駄目だ。不安な状態の澪をひとりにしておけない。それに、何かあってからでは遅い』

「そんな……」

『大丈夫だと言い切れるか? ご両親と職場にも事情を伝えて、柊にも危害が加えられる可能性はゼロじゃないのだから、保育園と警察にも相談をしておくべきだ』

今日の木場さんの様子を思い出すと、確かにそのくらいはしておいても大袈裟ではない気がした。

『遅くなるかもしれないが、必ず行く』

「――うん。ありがとう。本当は心細かったの。だから、嬉しい」

『待っていて』

――何も喋らなくていいから、通話を繋げたまま寝よう。
そんな提案に、縋るように頷いた。

今夜は眠れないだろうと思っていたのに、『おやすみ』と促されるとすぐに微睡む。

たまに聞こえる生活音が、これほど安心できるなんて。

『俺がついてる。大丈夫だ』

声に包み込まれるようだった。
柊とスマホを抱きしめて眠った。


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