離縁したはずですが、元夫が再会後に溺愛してきます
でもきっと、赤ちゃんを授かったことを知れば喜んでもらえる。
そう思い、報告しようと口を開こうとした瞬間、樹さんが口にしたのはとんでもない言葉。

『――離婚しよう』
何かの冗談かと思った。

同時に、こんな冗談を言う人じゃないとわかっている自分もいて、頭が真っ白になった。
思えば、ここ最近の彼は様子がおかしく、何か悩んでいるようにも見えている。

『他に、好きな人でもできた……?』

それを聞くのはとても勇気が必要で、呼吸を忘れるほどの緊張で震えが止まらなかった。

『……そうだ』

静かな返事に、頭をガンと殴られたような気持ちになった。

泣いて別れたくないと抵抗すればいいのに、この現実が受け止められずに涙も出なく、ただただ呆然としていた。

妊娠の話をしたら、彼は思いとどまってくれるのではないか。そう考えもしたけれど、もう私に気持ちのない人と無理やり一緒にいて、はたしてそれは幸せなのか。樹さんの気持ちが離れたとしても、私は彼を愛している。でも、彼の気持ちを無視して、無理をさせることは本望ではない。

愛の無い家庭で育つよりも、別れた方が子どものためにもいいのかもしれない。そう結論づけて、妊娠した事実は隠したまま別れようと決意した。

 正式に離婚が決まった二か月後、私は仕事を辞め、暮らしていたマンションを出て実家の静岡に戻った。本当は仕事は辞めたくなかったが、つわりも酷く働きながら隠すのには限界があった。

樹さんとは結婚前から仕事への情熱を語った仲でもある。世界中のひとが和を楽しめるように、アメニティのデザインに和を取り入れ、フロントで香を紹介してみるなど、提案し採用してもらった事案もあった。志なかばで辞めることを止められるかと思ったが、辞めることを打ち明けた時の反応はあっさりしたもので、むしろ早く辞めたほうがいいような口調だった。

いつまでも元妻が同じ職場にいたら仕事もやりづらいだろうし、新たな相手が社内にいるとしたら、早く縁を切りたい気持ちはわかる。それでも突然そっけなくされたことに私は傷つくばかりで、その時は彼の違和感に気づけずにいた。

***

私の実家は静岡の伊豆にある。東京からは車で二時間ほどの距離にあり、メジャーな旅先ではないが美肌を謳った乳白色の温泉が売りの、小さな温泉街だ。

両親は民宿を経営しており、幼い時から観光客にふ触れ父と母の仕事を見てきた。将来は同じような業界で働きたいと、大学では経営学を中心に、旅行業や語学を学びホテル業界へと進んだ。

離婚を機に、実家に戻り民宿を手伝わせて貰おうと連絡をとると、リゾート開発の話がでて、今実家のある場所は立ち退きを考えていることを打ち明けられた。

二年以上前からそういった話が出ており、土地の買収を提示されていたらしい。慣れ親しんだ家を手放すことは憚られたが、実は町全体の集客に苦戦しており、経営も苦しくなっていたそうだ。

心配させると思ってぎりぎりまで黙っていたが、私の離婚も重なりいいタイミングと判断したらしい。
離婚に加え妊娠したことと、ひとりでも育てたいという気持ちを話すと、お父さんもお母さんも明るく受け止めてくれた。

『どうせなら新しい家に引越して、家族みんなで新しい人生をスタートさせましょ』

お母さんのポジティブな性格が幼い頃より大好きだ。どんな時も、大丈夫大丈夫とどんと構えているところを尊敬していて、自分もそんな親になりたいと思った。

そこからはトントン拍子に話が進み、民宿をやっていた土地を手放すと、隣町の貸家に家族全員で引越しをした。
父は新たに旅館で雇用してもらい、母も同じ旅館にパートで入ることになった。

私はその後元気な男の子を生み、柊と名付けた。
樹という名前は成長、大地に根を張る強さなど前向きな意味を持つから、子どもも木の繋がりで、冬でも葉を落とさない強さを持つ、ヒイラギに因んだ命名だ。

樹さんは優しく芯の強い人だったから、この子も強い男の子に育って欲しい。柊は赤ちゃんながらスッと通った鼻筋と、笑うと目尻が垂れるところが樹さんにそっくりで、顔を見るたびに切なさもうずうずと湧き出たが、柊の存在は樹さんが私を愛していてくれていた証拠だ。
切なさ以上に、笑顔を見るたびに幸せな気持ちになった。

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