離縁したはずですが、元夫が再会後に溺愛してきます
***
『リコルヴィアホテルは、Recollect(記憶をたどる)とVia(道)の造語だそうですね。どのような思いで命名されたんですか?』
リコルヴィアホテルはリゾート展開していて、予約をとるのが困難なほどの人気がでている。
創業より僅か三年で、すでに三店舗目がオープンするので、そのPRを兼ねての出演らしい。それぞれのホテルの映像での紹介が終わり、インタビューに戻ったところだった。
もてなしと、楽しんでもらうことを大切にしていた樹さんらしいコンセプトだ。
『旅の思い出、ですね。ホテルがお客様ひとりひとりのアルバムのような存在になればいいと願いを込めました。楽しい記憶が溢れる、そんな場所を提供できればと思っています』
あの頃と変わらない凛とした横顔。
まだ付き合う前、仕事をしている時の樹さんに憧れ、姿を見かけるだけで胸が高鳴っていた時を思い出した。
「ねぇ~ママ! おなかすいたよぉ〜」
柊の声にはっと現実に戻る。
私がテレビに夢中になっているうちに、柊はパジャマから登園用の体操服に着替えを済ませて、おりこうに食卓で待っていた。
(そうだ! 保育園!)
「ご、ごめん! わー時間ない! 急ごう急ごう」
朝の時間は一分でも大事なのに、ついぼーっとしてしまった。
途中まで準備していた味噌汁とおにぎりを並べ、手を合わせていただきますをすると、朝食を手早く済ませた。
柊は三歳になり、今は保育園の年小さんだ。最近は戦隊もののアニメにハマっており、悪い奴をやつける勇者に変身するのがブームだ。
そのアニメは主人公たちが大切にしている女の子がいて、主人公に陶酔している柊は、女の子は守るものと心に刻まれているらしく、事あるごとに『ママはおれがまもってやるからな!』と立派なナイトぶりを発揮してくれている。
そんな息子が格好いいし頼もしくもあり、私はほくほくした気持ちで受け止めている。
柊を保育園に預けると、私は父と母とは別の旅館へと向かった。
職場の汐森旅館は、海からの潮風と森の木漏れ日を感じられるアットホームな宿だ。出産後に仕事を探していたら、母の勤務先経由で汐森旅館の女将が私の事情を知ったらしく、ホテル勤務の経験があるならぜひと誘ってくれた。ちょうどフロント業務が人手不足だったらしい。
背中まである髪をひとつにまとめお団子頭にすると、制服の作務衣に着替え、フロントに出た。色素が薄く、細くてくるくるしてしまう猫っ毛は昔からコンプレックスだが、セットしやすいところはありがたいかも。
「高野さん、おはよう。慌ただしく出社したみたいだけど大丈夫だった? 柊君になにかあったとか」
「木場さん。おはようございます」
木場さんはこの旅館の先輩社員で、入社時には私の教育係をしてくれていた。今年四十歳になるそうだが今のところ独身で、年中お嫁さんと募集中だとおどけている。
シングルマザーということを知っているからか、いつも私を気遣ってくれ、柊の体調不良でシフトに穴を開けてしまったときには急遽サポートに入ってくれるなど、大変お世話になっている。家も近所のようで、私と柊の散歩コースが木場さんの散歩コースと同じらしく、偶然公園で会うことが何度もあった。
そこから休日には柊と遊んでくれるようになり、プライベートでも仲良くしてもらっている。
「いえ、今朝面白い特集やってたので、ついテレビに集中しちゃって。つい支度が遅くなっちゃいました」
「あ、もしかして朝イチニュースの、リコルヴィアホテル?」
「それです。ホテルがテーマパークみたいで楽しそうだったので、柊と泊まりに行けたらいいなって思ったらつい見入っちゃって」
「取締役の式島って人、凄いよなぁ。国内最大手のアークロイヤルホテルグループの資金援助と業務提携があったにしても、僅か二年で三軒目のオープンなんて。やり手だよねぇ」
アークロイヤルホテルグループといえば、国際展開もしている大企業だ。
そういえば付き合っていた時から、そこの部長さんに気に入られて、何度かお酒やゴルフの席に呼ばれていた記憶がある。
離婚後、深井ホテルリゾートは大きなニュースになった。経営陣による不正会計や贈収賄疑惑が発覚し、社長を含む複数の幹部が逮捕されるという不祥事に発展した。
社会的信用は失墜し、倒産寸前となった深井ホテルリゾートは、アークロイヤルホテルグループによる買収を受け入れることとなる。新オーナーの下で経営陣は全面的に刷新され、新たなホテルブランドとして再出発した。
私は末端で何も知らなかったが、会社は強引なリゾート開発も進めていたようで、現地コミュニティや環境保護計画を十分に踏まえなかったとして訴訟もいくつか受けていた。地元の温泉街もそのエリアに入っていたようで、事業計画が止まり実家の跡地も空き地のままだ。
今更嘆いても仕方がないのだが、古びた小さな温泉街が生まれ変わると言うから手放したのだ。新しい温泉街は、たくさんのお客さんが訪れ、賑わっているはずだった。こんな寂しい気持ちになるのなら、もう少しあの場所で頑張ればよかったと後悔もある。
深井ホテルリゾートの事件は退職した直後のことだったので、何も知らなかった私はすごく驚いた。なによりも目を疑ったのは、テレビニュースに、事情聴取を受ける為に警察署に入っていく社長たちの映像が流れたのだが、その一団に樹さんがいたことだ。
『リコルヴィアホテルは、Recollect(記憶をたどる)とVia(道)の造語だそうですね。どのような思いで命名されたんですか?』
リコルヴィアホテルはリゾート展開していて、予約をとるのが困難なほどの人気がでている。
創業より僅か三年で、すでに三店舗目がオープンするので、そのPRを兼ねての出演らしい。それぞれのホテルの映像での紹介が終わり、インタビューに戻ったところだった。
もてなしと、楽しんでもらうことを大切にしていた樹さんらしいコンセプトだ。
『旅の思い出、ですね。ホテルがお客様ひとりひとりのアルバムのような存在になればいいと願いを込めました。楽しい記憶が溢れる、そんな場所を提供できればと思っています』
あの頃と変わらない凛とした横顔。
まだ付き合う前、仕事をしている時の樹さんに憧れ、姿を見かけるだけで胸が高鳴っていた時を思い出した。
「ねぇ~ママ! おなかすいたよぉ〜」
柊の声にはっと現実に戻る。
私がテレビに夢中になっているうちに、柊はパジャマから登園用の体操服に着替えを済ませて、おりこうに食卓で待っていた。
(そうだ! 保育園!)
「ご、ごめん! わー時間ない! 急ごう急ごう」
朝の時間は一分でも大事なのに、ついぼーっとしてしまった。
途中まで準備していた味噌汁とおにぎりを並べ、手を合わせていただきますをすると、朝食を手早く済ませた。
柊は三歳になり、今は保育園の年小さんだ。最近は戦隊もののアニメにハマっており、悪い奴をやつける勇者に変身するのがブームだ。
そのアニメは主人公たちが大切にしている女の子がいて、主人公に陶酔している柊は、女の子は守るものと心に刻まれているらしく、事あるごとに『ママはおれがまもってやるからな!』と立派なナイトぶりを発揮してくれている。
そんな息子が格好いいし頼もしくもあり、私はほくほくした気持ちで受け止めている。
柊を保育園に預けると、私は父と母とは別の旅館へと向かった。
職場の汐森旅館は、海からの潮風と森の木漏れ日を感じられるアットホームな宿だ。出産後に仕事を探していたら、母の勤務先経由で汐森旅館の女将が私の事情を知ったらしく、ホテル勤務の経験があるならぜひと誘ってくれた。ちょうどフロント業務が人手不足だったらしい。
背中まである髪をひとつにまとめお団子頭にすると、制服の作務衣に着替え、フロントに出た。色素が薄く、細くてくるくるしてしまう猫っ毛は昔からコンプレックスだが、セットしやすいところはありがたいかも。
「高野さん、おはよう。慌ただしく出社したみたいだけど大丈夫だった? 柊君になにかあったとか」
「木場さん。おはようございます」
木場さんはこの旅館の先輩社員で、入社時には私の教育係をしてくれていた。今年四十歳になるそうだが今のところ独身で、年中お嫁さんと募集中だとおどけている。
シングルマザーということを知っているからか、いつも私を気遣ってくれ、柊の体調不良でシフトに穴を開けてしまったときには急遽サポートに入ってくれるなど、大変お世話になっている。家も近所のようで、私と柊の散歩コースが木場さんの散歩コースと同じらしく、偶然公園で会うことが何度もあった。
そこから休日には柊と遊んでくれるようになり、プライベートでも仲良くしてもらっている。
「いえ、今朝面白い特集やってたので、ついテレビに集中しちゃって。つい支度が遅くなっちゃいました」
「あ、もしかして朝イチニュースの、リコルヴィアホテル?」
「それです。ホテルがテーマパークみたいで楽しそうだったので、柊と泊まりに行けたらいいなって思ったらつい見入っちゃって」
「取締役の式島って人、凄いよなぁ。国内最大手のアークロイヤルホテルグループの資金援助と業務提携があったにしても、僅か二年で三軒目のオープンなんて。やり手だよねぇ」
アークロイヤルホテルグループといえば、国際展開もしている大企業だ。
そういえば付き合っていた時から、そこの部長さんに気に入られて、何度かお酒やゴルフの席に呼ばれていた記憶がある。
離婚後、深井ホテルリゾートは大きなニュースになった。経営陣による不正会計や贈収賄疑惑が発覚し、社長を含む複数の幹部が逮捕されるという不祥事に発展した。
社会的信用は失墜し、倒産寸前となった深井ホテルリゾートは、アークロイヤルホテルグループによる買収を受け入れることとなる。新オーナーの下で経営陣は全面的に刷新され、新たなホテルブランドとして再出発した。
私は末端で何も知らなかったが、会社は強引なリゾート開発も進めていたようで、現地コミュニティや環境保護計画を十分に踏まえなかったとして訴訟もいくつか受けていた。地元の温泉街もそのエリアに入っていたようで、事業計画が止まり実家の跡地も空き地のままだ。
今更嘆いても仕方がないのだが、古びた小さな温泉街が生まれ変わると言うから手放したのだ。新しい温泉街は、たくさんのお客さんが訪れ、賑わっているはずだった。こんな寂しい気持ちになるのなら、もう少しあの場所で頑張ればよかったと後悔もある。
深井ホテルリゾートの事件は退職した直後のことだったので、何も知らなかった私はすごく驚いた。なによりも目を疑ったのは、テレビニュースに、事情聴取を受ける為に警察署に入っていく社長たちの映像が流れたのだが、その一団に樹さんがいたことだ。