離縁したはずですが、元夫が再会後に溺愛してきます
『毎週のように遠方へ足を運ばれるために業務を前倒しし、帰社後もほとんど休まれていません。おそらく、睡眠時間を削ってらっしゃいます。体調を崩されたこともありました』
喉がつっかえたみたいに、言葉がでない。
それだって、私は知っていたじゃないか。
『ご自身の都合で現場に無理を言う方ではなかったのに……』
悩ましげな大きなため息が胸に突き刺さった。
「ごめんなさい……」
謝っても仕方がない。でも、他に何を言えばいいのかわからなかった。ずっと受け身で、彼に無理をさせていた自分が恥ずかしかった。今日の送迎だって、どうしてきっぱり断らなかったのか。
『それでも、あなたに会いに行くことをやめない。……それがどういう意味か、お分かりになりますよね。社長は、ご自身の限界を顧みない方です。これ以上、あの方を煩わせないでください』
はいともいいえとも言えなくて、スマホを握りしめた指先から力が抜けていく。
「話合います……」
今はこれが精いっぱいだ。
その時、電話の向こうから声がした。
『宮原、何してるんだ』
樹さんの声だ。
宮原さんは電話を置いたのか、布越しのように急にくぐもった音声になる。
『髪を拭いてください。びしょ濡れです』
『――このホテル――』
樹さんの声。そこで通話が切れた。
何が起こったのかわからず、呆然と真っ暗になったスマホの画面を見つめる。
(ホテル?)
ふたりで? 家に帰ると言っていたのに? いや、違う。樹さんの立場なら急に予定が入ることもあるだろうし、仕事のための宿泊なら秘書である宮原さんが一緒に行動するのはおかしなことではない。
じゃあ、どうして同じ部屋で樹さんはシャワーを……。
(ダメダメ!)
どんどん嫌な方向に考えてしまい、頭を振った。
ちゃんと話して、ちゃんと理由を聞こう。樹さんは誠実な性格だから、私にプロポーズをしながら女性と遊ぶような人じゃない。
何度も深呼吸をして、落ち着こうと言い聞かせる。
電話を掛け直そうと思ったが、それこそ迷惑をかける気がしてできなかった。
宮原さんの言う事は正しい。
樹さんの優しさに押されっぱなしになった結果、周りに迷惑をかけてしまっていたのは事実だ。三人での生活を始められるまで、まだしばらく時間がかかるだろうから、しっかり考えなくては。
樹さんと宮原さんは、この四年何もなかったのだろうか。仕事とはいえ毎日のように顔を合わせ、お互いに信頼を置く間柄で……。
宮原さんは、私の知らない樹さんを知っている。
正直、ふたりの関係を聞くのが怖かった。宮原さんは樹さんの片腕のような人だ。でも私は? いったいなんの力になっているんだろう。今は寧ろ足を引っ張っていて、それは私の本望ではない。
昔から、いつだって彼の仕事を応援しているし、懸命にその役目に向き合う樹さんを尊敬している。だから、そんな彼に見合う時自分でありたい。
怖い気持ちに押し負けないように、もらった指輪を胸に抱きながら眠った。
***
電話だと上手く話せないから、会った時に相談しよう。
そう決心した途端、なんのいたずらかぱったり樹さんと会えなくなった。
樹さんの海外出張が入り、次の週は柊が伝染病にかかってしまいキャンセルに。一瞬でもいいからお見舞いに来たいという樹さんに、絶対来ては駄目だと断るのが大変だった。
その後は単純に休みが合わなくなった。
木場さんの穴埋めが想像以上に大変だったからだ。
今回、警察のお世話になるという大変な出来事があったが、木場さんは汐森旅館に長く勤めていたベテランで、仕事ぶりは真面目で頼りにされていた。
突然ひとり抜けられてしまい、旅館に迷惑を掛けている。田舎町ではすぐに働き手が見つからず、募集をかけている状況だ。
私のせい――というのも変な話しだが、少なからず責任を感じており、これまで休ませてもらっていた日曜日もシフトをいれるようにしていた。
両親に柊を任せられる日は夜勤も入り、より精力的に働いている。
「澪ちゃん、最近よく働くわねぇ。まあ、こちらとしては助かるんだけど、柊君寂しがったりしない?」
その日も、遅番で二十二時までの勤務だった。一緒にフロント業務をしていた女将さんが、仕事が一段落した隙間時間に、こそっと聞いてきた。
「今日は母が休みなので、任せちゃってるんです」
「そう? 無理しないでね。なんだかここのところ焦ってる感じがして……木場さんのこと気にしてるなら、澪ちゃんのせいじゃないんだからね? でも、それだけじゃない気がしてるんだけど」
指摘されて、苦笑いになる。
さすが女将さんだ。長年人を見る目を磨いているだけあって、どうしていいか分からず、とりあえず無我夢中で働いていたのがバレていたらしい。
「何かしていないと落ち着かなかったんです」
喉がつっかえたみたいに、言葉がでない。
それだって、私は知っていたじゃないか。
『ご自身の都合で現場に無理を言う方ではなかったのに……』
悩ましげな大きなため息が胸に突き刺さった。
「ごめんなさい……」
謝っても仕方がない。でも、他に何を言えばいいのかわからなかった。ずっと受け身で、彼に無理をさせていた自分が恥ずかしかった。今日の送迎だって、どうしてきっぱり断らなかったのか。
『それでも、あなたに会いに行くことをやめない。……それがどういう意味か、お分かりになりますよね。社長は、ご自身の限界を顧みない方です。これ以上、あの方を煩わせないでください』
はいともいいえとも言えなくて、スマホを握りしめた指先から力が抜けていく。
「話合います……」
今はこれが精いっぱいだ。
その時、電話の向こうから声がした。
『宮原、何してるんだ』
樹さんの声だ。
宮原さんは電話を置いたのか、布越しのように急にくぐもった音声になる。
『髪を拭いてください。びしょ濡れです』
『――このホテル――』
樹さんの声。そこで通話が切れた。
何が起こったのかわからず、呆然と真っ暗になったスマホの画面を見つめる。
(ホテル?)
ふたりで? 家に帰ると言っていたのに? いや、違う。樹さんの立場なら急に予定が入ることもあるだろうし、仕事のための宿泊なら秘書である宮原さんが一緒に行動するのはおかしなことではない。
じゃあ、どうして同じ部屋で樹さんはシャワーを……。
(ダメダメ!)
どんどん嫌な方向に考えてしまい、頭を振った。
ちゃんと話して、ちゃんと理由を聞こう。樹さんは誠実な性格だから、私にプロポーズをしながら女性と遊ぶような人じゃない。
何度も深呼吸をして、落ち着こうと言い聞かせる。
電話を掛け直そうと思ったが、それこそ迷惑をかける気がしてできなかった。
宮原さんの言う事は正しい。
樹さんの優しさに押されっぱなしになった結果、周りに迷惑をかけてしまっていたのは事実だ。三人での生活を始められるまで、まだしばらく時間がかかるだろうから、しっかり考えなくては。
樹さんと宮原さんは、この四年何もなかったのだろうか。仕事とはいえ毎日のように顔を合わせ、お互いに信頼を置く間柄で……。
宮原さんは、私の知らない樹さんを知っている。
正直、ふたりの関係を聞くのが怖かった。宮原さんは樹さんの片腕のような人だ。でも私は? いったいなんの力になっているんだろう。今は寧ろ足を引っ張っていて、それは私の本望ではない。
昔から、いつだって彼の仕事を応援しているし、懸命にその役目に向き合う樹さんを尊敬している。だから、そんな彼に見合う時自分でありたい。
怖い気持ちに押し負けないように、もらった指輪を胸に抱きながら眠った。
***
電話だと上手く話せないから、会った時に相談しよう。
そう決心した途端、なんのいたずらかぱったり樹さんと会えなくなった。
樹さんの海外出張が入り、次の週は柊が伝染病にかかってしまいキャンセルに。一瞬でもいいからお見舞いに来たいという樹さんに、絶対来ては駄目だと断るのが大変だった。
その後は単純に休みが合わなくなった。
木場さんの穴埋めが想像以上に大変だったからだ。
今回、警察のお世話になるという大変な出来事があったが、木場さんは汐森旅館に長く勤めていたベテランで、仕事ぶりは真面目で頼りにされていた。
突然ひとり抜けられてしまい、旅館に迷惑を掛けている。田舎町ではすぐに働き手が見つからず、募集をかけている状況だ。
私のせい――というのも変な話しだが、少なからず責任を感じており、これまで休ませてもらっていた日曜日もシフトをいれるようにしていた。
両親に柊を任せられる日は夜勤も入り、より精力的に働いている。
「澪ちゃん、最近よく働くわねぇ。まあ、こちらとしては助かるんだけど、柊君寂しがったりしない?」
その日も、遅番で二十二時までの勤務だった。一緒にフロント業務をしていた女将さんが、仕事が一段落した隙間時間に、こそっと聞いてきた。
「今日は母が休みなので、任せちゃってるんです」
「そう? 無理しないでね。なんだかここのところ焦ってる感じがして……木場さんのこと気にしてるなら、澪ちゃんのせいじゃないんだからね? でも、それだけじゃない気がしてるんだけど」
指摘されて、苦笑いになる。
さすが女将さんだ。長年人を見る目を磨いているだけあって、どうしていいか分からず、とりあえず無我夢中で働いていたのがバレていたらしい。
「何かしていないと落ち着かなかったんです」