離縁したはずですが、元夫が再会後に溺愛してきます
とんでもなく驚いて、慌ててお義母さんに電話をすると、その後会って事情を話してくれることになった。
打ち明けてくれた内容は、実はお義母さんは深井取締役の愛人で、樹さんはその実の息子であるということだ。
これまで、そんな話は一度も聞いたことがなかったが、そう言われてみると深井取締役と似てなくもない。
樹さんが父親の話をしたがらなかったことも合点がいった。
それに、雄司部長は兄にあたるわけだが、彼に功績を奪われていたこと、職場で受けていた不遇は、愛人の息子だと聞けば納得できるものだった。
『樹は何も語らないけれど、本当は父親に愛されたかったんだと思うの。だから、わざわざ父親の会社に就職して認めてもらおうと頑張っていたんじゃないかしら』
深井取締役は、愛情があったかどうかは微妙なものの、資金援助は惜しまなく大学を卒業するまで面倒を見てくれたそうだ。
『でもね、あの子は絶対悪事に手を染めていない。それだけは胸を張って言えるわ』
不安そうにしながらも、そう言い切ってくれたことが心の支えになった。
半年もの間調査が行われて、お義母さんの言った通り逮捕者の中に樹さんはいなかった。それを喜び合う連絡をしたとき、ぽつりと言われたことがずっと頭に残っている。
『息子がごめんなさい。こんな決断をしたのは、きっと、あなたの為だったのよ。許してもらえるかはわからないけれど、時がきたら――……』
そこでお義母さんは言葉を濁した。
優しい人だから気遣ってくれたのだろう。
ニュースで安否を追うだけの毎日は不安で、いったい彼はどうなってしまうのかと心配でたまらなかったけれど、急な離婚を恨むことなどない。
樹さんはきっと、私に迷惑を掛けないために別れたんだ。
――そう、思いたい。だって彼は、これまで私に不誠実なことをするなど一度もなかったのだから。
騒動が落ち着いた頃合いを見計らい、樹さんに会いに行こうと思ったが、子どもの存在をどう伝えればいいのかわからなくて足踏みをした。
私の為というのは都合のいい解釈で、その場の嘘などではなく、本当に他に好きな人ができたのかもしれない。だとしたら、元妻と子どもは重荷になってしまわないか。
彼のことを信じているはずなのに、いざとなると怖くて身動きがとれなかった。
それでも、やっぱり樹さんが忘れられなくて思い切って電話をかけてみたが、番号を変えたのか繋がらず、やはり彼との関係はもう終わったものだと思い知らされた。
樹さんへの思いを断ち切る為、連絡先も新しいものに変え、心機一転、再出発した。
――だから、声を聞いたのも、顔を見たのも別れた時以来だ。
テレビ越しではあったが久しぶりに樹さんの顔を見られて、最初に感じたことは嬉しさだった。爽やかな笑顔と凜とした佇まいは以前のままだ。彼に会った時のときめきや、初めてデートに誘われたときの高揚感を思い出した。
興奮が落ち着き冷静になれば、元気な姿を見てほっとしたのと、もう遠い存在になってしまったのだと物寂しい気持ちだ。
気になったのは、一緒にテレビに映っていた秘書の女性。私と同じくらいか少し若そうに見えたが、どの映像にも必ず樹さんの側に控え、互いに信頼し合っているように視線を交わす場面を何度も見た。
会社立ち上げ当初から力になってもらっていると樹さんはインタビューで話していたので、彼の話していた好きな人とは彼女のことではないかと勘繰った。
夜勤の人との引継を終えると、フロントに立ちチェックアウトの対応にまわる。個人経営の旅館なので、仕事内容は縦割りのシステマチックなものではなく、誰もがどんな仕事もやるスタンスだ。私もフロントだけではなく、給仕や掃除まで何でもこなす。
ルームキーを預かり精算を終えると、駐車場まで荷物を運ぶ手伝いなど、力仕事が待っている。
チェックアウトのお客様を送り出すと、今日のチェックイン客の確認をする。それが終わるとフロント周りの掃除をしてから、チェックイン客に振る舞うお茶とお茶請けの準備に入った。
汐森旅館は地元静岡の高級茶を採用しており、子ども用にはほうじ茶を、大人には茶筅で点てた抹茶をお出ししている。甘みが強めの玉露を使用しているので、苦みが強すぎず好評をいただいている。お茶請けに、旅館手作りの羊羹を添えているのだがこちらも大人気で、お土産で持ち帰りたいという声を多くいただくので、販売ができるように準備中だ。
「高野さん、今日は早く上がるんだっけ?」
フロントの仕事が落ち着いてくると、木場さんが話しかけてきた。
「ええ。午後から保育園に視察とテレビ取材が入るらしいんです。親子で遊んでいる風景を撮りたいからって、親子参観になってまして」
「へー。なんの番組だろう。放送見るから教えてね」
打ち明けてくれた内容は、実はお義母さんは深井取締役の愛人で、樹さんはその実の息子であるということだ。
これまで、そんな話は一度も聞いたことがなかったが、そう言われてみると深井取締役と似てなくもない。
樹さんが父親の話をしたがらなかったことも合点がいった。
それに、雄司部長は兄にあたるわけだが、彼に功績を奪われていたこと、職場で受けていた不遇は、愛人の息子だと聞けば納得できるものだった。
『樹は何も語らないけれど、本当は父親に愛されたかったんだと思うの。だから、わざわざ父親の会社に就職して認めてもらおうと頑張っていたんじゃないかしら』
深井取締役は、愛情があったかどうかは微妙なものの、資金援助は惜しまなく大学を卒業するまで面倒を見てくれたそうだ。
『でもね、あの子は絶対悪事に手を染めていない。それだけは胸を張って言えるわ』
不安そうにしながらも、そう言い切ってくれたことが心の支えになった。
半年もの間調査が行われて、お義母さんの言った通り逮捕者の中に樹さんはいなかった。それを喜び合う連絡をしたとき、ぽつりと言われたことがずっと頭に残っている。
『息子がごめんなさい。こんな決断をしたのは、きっと、あなたの為だったのよ。許してもらえるかはわからないけれど、時がきたら――……』
そこでお義母さんは言葉を濁した。
優しい人だから気遣ってくれたのだろう。
ニュースで安否を追うだけの毎日は不安で、いったい彼はどうなってしまうのかと心配でたまらなかったけれど、急な離婚を恨むことなどない。
樹さんはきっと、私に迷惑を掛けないために別れたんだ。
――そう、思いたい。だって彼は、これまで私に不誠実なことをするなど一度もなかったのだから。
騒動が落ち着いた頃合いを見計らい、樹さんに会いに行こうと思ったが、子どもの存在をどう伝えればいいのかわからなくて足踏みをした。
私の為というのは都合のいい解釈で、その場の嘘などではなく、本当に他に好きな人ができたのかもしれない。だとしたら、元妻と子どもは重荷になってしまわないか。
彼のことを信じているはずなのに、いざとなると怖くて身動きがとれなかった。
それでも、やっぱり樹さんが忘れられなくて思い切って電話をかけてみたが、番号を変えたのか繋がらず、やはり彼との関係はもう終わったものだと思い知らされた。
樹さんへの思いを断ち切る為、連絡先も新しいものに変え、心機一転、再出発した。
――だから、声を聞いたのも、顔を見たのも別れた時以来だ。
テレビ越しではあったが久しぶりに樹さんの顔を見られて、最初に感じたことは嬉しさだった。爽やかな笑顔と凜とした佇まいは以前のままだ。彼に会った時のときめきや、初めてデートに誘われたときの高揚感を思い出した。
興奮が落ち着き冷静になれば、元気な姿を見てほっとしたのと、もう遠い存在になってしまったのだと物寂しい気持ちだ。
気になったのは、一緒にテレビに映っていた秘書の女性。私と同じくらいか少し若そうに見えたが、どの映像にも必ず樹さんの側に控え、互いに信頼し合っているように視線を交わす場面を何度も見た。
会社立ち上げ当初から力になってもらっていると樹さんはインタビューで話していたので、彼の話していた好きな人とは彼女のことではないかと勘繰った。
夜勤の人との引継を終えると、フロントに立ちチェックアウトの対応にまわる。個人経営の旅館なので、仕事内容は縦割りのシステマチックなものではなく、誰もがどんな仕事もやるスタンスだ。私もフロントだけではなく、給仕や掃除まで何でもこなす。
ルームキーを預かり精算を終えると、駐車場まで荷物を運ぶ手伝いなど、力仕事が待っている。
チェックアウトのお客様を送り出すと、今日のチェックイン客の確認をする。それが終わるとフロント周りの掃除をしてから、チェックイン客に振る舞うお茶とお茶請けの準備に入った。
汐森旅館は地元静岡の高級茶を採用しており、子ども用にはほうじ茶を、大人には茶筅で点てた抹茶をお出ししている。甘みが強めの玉露を使用しているので、苦みが強すぎず好評をいただいている。お茶請けに、旅館手作りの羊羹を添えているのだがこちらも大人気で、お土産で持ち帰りたいという声を多くいただくので、販売ができるように準備中だ。
「高野さん、今日は早く上がるんだっけ?」
フロントの仕事が落ち着いてくると、木場さんが話しかけてきた。
「ええ。午後から保育園に視察とテレビ取材が入るらしいんです。親子で遊んでいる風景を撮りたいからって、親子参観になってまして」
「へー。なんの番組だろう。放送見るから教えてね」