離縁したはずですが、元夫が再会後に溺愛してきます

後部座席で青いポンポンを見つけると、拾ってすぐに戻る。時間に余裕があるので園の入口付近にはまだ、話に花を咲かせるグループがちらほらいる。

園に入ろうとした瞬間、後ろから声を掛けられた。
決して大きな声ではないのに鋭く、それでいて私の歩みを止める強さがあった。

「少しお時間よろしいでしょうか」

振り返ると、スーツ姿の宮原さんが立っていた。

「宮原さん……」

「本日のことでお話があります」

出入り口は邪魔になるので、少し横に避けると向き合った。

「式島を煩わせないで欲しいとお伝えしたはずです。ご理解いただけたと思っていましたが」

近いうちに、ゆっくり話をする機会を貰おうと思っていたところだ。綺麗な顔に凄まれて緊張が増したが、せっかく会えたので自分の考えを伝えたい。

「宮原さんにもご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。今日のことは無理を言いましたが、今後はこのような急なお願いはないようにします」

会釈程度に頭をさげると、宮原さんは声を荒げた。

「ご自身の存在が、仕事の妨げになっているとはお考えになれませんか。社長はあなたと会ってから腑抜けられました! これまでどんな時でも仕事を優先してきたのに、今ではあなたの都合に合わせてばかり……!」

「確かに再会してからこれまで、樹さんに甘えてしまっていた部分がありました。けれど、これからは私が彼を支えていくつもりです」

「別れていただきたいと申しているんです! 社長も社長です。メディアで子どもの発言などして……せっかくターゲット層の女性からの支持を得られたのに……!」

興奮した大きな声に、周囲の人たちが振り向いた。

「……樹さんはアイドルでも芸能人でもなく経営者です。そんな広報戦略をうたなくても、ホテルのコンセプトでじゅうぶん集客を図れると思いますけど」

部外者が口を出すのは差し出がましいかと思ったが、宮原さんの話すことに違和感を覚えつい口をついた。樹さんが自分の容姿をそんな風に利用するとは思えない。

「あの人ってもしかして……」

「さっき社長さんもいたから、会いにきたとか?」

周囲から、ひそひそと声が聞こえる。

いつもメディアに出るときのスーツとは違い、樹さんはジャージ姿だったので、すぐには注目のあの人だと悟られずにいたが、宮原さんはネットに出回っている映像通りのかっちりとしたスーツ姿そのままで、すぐに素性がわかってしまったようだ。

開始の時間が迫っている。注目も浴びてしまっているし、早めにこの場を収めようと端的に言った。

「私たち家族の関係について、宮原さんにご指摘いただくことはありません。本当に仕事に支障があるなら、樹さんはそちらを優先するはずです。今日は樹さんと子どもが初めて一緒に過ごす大切な行事なんです。また後日お時間をとりますので、この場はお引き取りください」

なんでも柊と私が一番なわけじゃない。仕事に対する姿勢は真面目で、付き合っていた時だって、約束していた予定より仕事を選択したこともあった。

(私たちは、周囲にあれこれ言われることはしていないし、柊が楽しみにしていた運動会を台無しにされるわけにはいかない)

「な……」

強く言い返されると思っていなかったようで、宮原さんは口をわなわなとさせた。

その時、「ママ~?」と柊の声が聞こえて、柊を抱っこした樹さんが視界の端に入る。

いつからそこにいたのだろう。ずっと聞いていたのだろうか。

目が合うと、樹さんはこちらにゆっくり歩いてきた。

「社長……」

宮原さんが表情を曇らせる。

「この話は終わりだ。この件の処分は後ほど伝える。今日はもう帰るんだ」

怒鳴ってもいないのに、ひやりとした。
有無を言わせない厳しい物言いに、宮原さんは体を震わせ返事をせずに踵を返した。


彼女が去ると、ほっと息をつく。

わかって貰えたとは思わないが、こちらの気持ちは伝えられた。樹さんへの恋愛感情があって邪魔をされているわけではなく、仕事の進め方に変化があり戸惑っているといったのが感じとれただけでも、自分への安心材料となった。

いくら男女の関係がないと言っても、あんな美人が毎日いっしょにいるかと思うと多少は気を病まずにはいられないのだから。

「パパ~ダンスはじまっちゃうよ~」

柊はポンポンを受け取ると、樹さんに抱っこされたまま、それを頭の上でぶんぶん振ってはしゃいだ。
同時に開始のアナウンスが入り、何事かと興味深そうに見守っていた親たちも園庭に戻っていった。


競技が始まってからの柊は大はしゃぎだ。

樹さんにべったりで、親子競技はすべて樹さんとでることになった。待ち時間もずっと膝の上で甘えている。

「パパ! つぎね、たまいれするの。パパおっきいからつよいね!」

親子肩車玉入れという種目があり、その名の通り親が子どもを肩車し子どもが玉を投げる。樹さんは背が高いので柊は有利になる。柊はそれを得意げにしていた。

玉入れ用のかごを中心に、輪になってそれぞれの位置につく。柊はそこら中の友達に「オレのパパおっきいでしょ」と大喜びで伝えており、樹さんは興奮がやまない柊に苦笑しつつも満更でもない様子だった。

その後、ふたりは子どもをおんぶして親が走るという、おんぶ徒競走でも一等賞をもらっていた。定期的に体を鍛え引き締まっているのは知っていたが、樹さんは運動神経も長けていたらしい。

子どもとおもいきりはしゃぐ姿に、またさらに好きだと言う気持ちが溢れた。


各学年の競技を終え、お昼休憩になった。

午後はダンスと子どもたちのリレーで締めくくり今日は終わる予定だ。
レジャーシートにお弁当を広げ、三人で麦茶で乾杯をした。

「お疲れ様~」

柊は水筒のコップに注いだ麦茶を一気飲みするとすぐにお代わりをした。

日が出て気温が高くなり、柊は汗だくだ。喉が渇いていたらしい。帽子をとってタオルで顔を拭いてあげる。

「いつものおにぎりだ。ありがとう嬉しいな。どれにしよう」

樹さんがどれを最初に食べようかとあれこれ迷う。

我が家定番の、ピンポン玉ほどの小さなおにぎり。今日も梅、シーチキン、おかか、昆布、しゃけとたくさん用意をした。

「オレしゃけー!」

柊が大きな口をあけてひと口で詰め込んだ。

「喉につまっちゃうよ。ゆっくり食べて」
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