離縁したはずですが、元夫が再会後に溺愛してきます
数は少ないが食器なども持ってきたので、床に座りダンボールを開封する。

「あたらしいおうち!」

柊がはしゃいでリビングを走り回る。

「あ、柊、下のお部屋に住んでる人に迷惑になっちゃうから、前のお家みたいに走っちゃだめだよ」

「ここは防音完備のマンションだし、そういったことも考えて下の階がラウンジになっている部屋を選んだじゃないか」

「……そうだった……」

すっかり忘れていた。各階に大きなバルコニーがあるテラス型のマンションで、居住スペースも少しずつずれている造りだ。契約するときに子どもができてもたくさん走れるね、なんて冗談めかして話題にしていたじゃないか。

「子どもが増えても大丈夫だからな」

樹さんは後ろから私の腰に手を回すと囁き、柊からは見えないように唇だけで耳を食む。

「あっ……もうっ、樹さんってば」

ビクリと背中をのけ反らせると、樹さんはさらにきつく抱きしめた。座ったままぴったりと体を寄せる。背中にトクトクと樹さんの鼓動を感じた。

「柊の前だよ……」

「この日を待ちわびていたんだ。やっと……やっと澪が俺の元へ戻ってきてくれる」

午前中は部屋を片付け、昼休憩したら午後は役場へ婚姻届を提出にいく。

書類は証人欄だけ先に記入してあって、テーブルの上に広げてある。あとは私たちが署名するだけだ。

二度も同一人物と同じように記入する人なんて、そうそう居ないんじゃないだろうか。

「あーパパとママずるい! オレもだっこする~」

私を後ろから抱きしめる樹さんの背中に、走って来た柊がその勢いのままジャンプして飛び乗る。

「うわ」

「きゃっ」

樹さんがバランスを崩したので、体重がかかり私は前のめりに倒れた。三人でフローリングに転がる。

「きゃはははは!」

面白かったのか、体をコロコロとしながら柊が大笑いした。

「柊は重くなったんじゃないか?」

樹さんが柊の体つきを確認するように触れる。

「あ、そうなの。実は半年で四センチも伸びて。樹さんに似て背が高くなるかも」

同級生の中で体は大きい方だ。

「やっぱり。頻繁に会っているとわからないものだが、初めて会った時のことを思い出すともう少し幼かったきがしてたんだ」

再会した時から気が付けば半年が過ぎていた。
保育園の視察に来たときは、樹さんに見つからないようにコソコソしていたっけ。

懐かしくて思わず笑みが零れる。

「これからは毎日会えるから、もっとわからなくなるよ。写真とか見返して、知らないうちに大きくなってることに気が付くの」

「ああ、まずいな。ふたりの傍を離れたくない。泊りの出張が嫌になりそうだ」

樹さんは心底悩ましげにため息をついた。

「そういえば、新しい秘書が来たんだよね」

「――ああ、宮原は秘書を離れて総務に配属した。引継ぎで一カ月はいてもらったが、先週からは新しい秘書にひとりでついてもらっている」

表立ってはいないが、宮原さんの異動は処分の影響でもある。

内容は樹さんのスマホを勝手に使用したという服務規程違反だが、秘書としての仕事が合わなくなったことも異動の理由になっている。

樹さん曰く、スケジュールや書類の管理は得意だったが、企画関係はからっきし苦手だったらしい。事業が軌道にのり、準備ばかりではなく販売プロモーションの比重が多くなるなど、刻々と変化する樹さんの働き方についていけなくなったのが一番の理由だ。

「今度は……男性なんだよね……」

なんとなく知ってはいたが、念のため確認をする。仕事なのだから性別を気にする必要はないのは重々承知しているけれど、樹さんは魅力のある人だから、なるべく心配事は少ない方がいいというのが本音だ。

「なんだ。やきもちか」

「やきもちって言うか、宮原さんの時、あんな美人な人がずっと傍にいたんだなぁとか思うとちょっと心配になったりして……」

「美人? 宮原が?」

「あの人を美人と呼ばずに誰が美人だと?」

世間でも美人秘書だと話題になっていたのに。いったい何を言っているんだろう。

「整っているとは思うが……」

樹さんは本気でわからないという顔をした。

「美人だと思うのも、欲しいという気持ちが湧き出るのも澪だけだ」

「私は美人なんかじゃ……」

「澪はきれいだし、可愛い。出会った時からそうだった。嘘をつかず誠実で、誰にも平等に優しくて。普段でも仕事でも、そういった振る舞いが見た目にも滲み出ていた。そんな澪だから俺はすぐに君に夢中になった」

「ほ……褒めすぎだよ」

耳や首まで熱くなった。きっと顔は真っ赤だろう。

「本当のことだ」

樹さんは甘く微笑する。

「世間がどんなに優れた容姿だと褒める人が現れようと、俺には澪しか見えていない。だから安心して」

吐息を漏らしそうになるほど極上の笑みでお前だけなのだと言われ、脳が溶けるような感覚になった。
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