離縁したはずですが、元夫が再会後に溺愛してきます
(話って久しぶり、とか単純なものじゃなくて、きっと柊のことだよね……)
彼はきっと気がついたはず。名前を呼ばれた時に私が旧姓のままなことも、クラスごとに整列した時に柊が三歳だということも、あのあと次々と知られたくないと思っていた情報は漏れてしまった。
ひとつ秘密を暴かれるたびに、樹さんが何か言いたげな顔をしてこちらを見ていた。周囲には気取られてはいないだろうけれど、ずっと一緒に暮らしていた私には彼が激しい感情を押し殺しているように感じていた。
柊の就寝時間は、毎日だいたい二十一時だけれど、今日は一時間も早く寝てしまう。やっぱり興奮して疲れていたみたいだ。
参観会はトラブルはあったけれど、誇らしげに色んな遊具の遊び方を教えてくれて、柊の楽しそうな姿を見ることができた。
就寝前のルーティンである、読んであげていた絵本を閉じ、気持ちよさそうな寝顔を眺める。スマホを握りしめずっと逡巡していたが、そっと部屋を出る。電話番号を表示させたままあれこれ悩んでいたが、思い切って発信ボタンを押した。
ワンコールもせずに通話にでた樹さんは、車で家の近くまで来てくれるということになった。
パジャマからラフな私服に着替え、お母さんに柊のことを頼むと、少しだけ友達に会ってくると告げて家を出た。お風呂上りですっぴんなのは気が引けたが、夫婦の時も散々見せて来た姿だ。今更あえて着飾る必要もない。
昼間に樹さんにずっと付き添っていた秘書を思い出す。化粧もスーツも控え目だが、清潔感があり格好いいひとだった。比べても意味はないとわかっているが、少しばかり対抗心が芽生えているのが正直な気持ちだ。
(私より、あの人を選んだの……?)
すぐに家の前に黒塗りの高級セダンが到着し、促され後部座席の樹さんの隣に座った。
「海沿いまで適当に流して」
樹さんが声を掛けると、運転手は車を発進させた。
「連絡ありがとう。もう君からは電話をもらえないんじゃないかと、落ち込み始めたところだった」
「子どもを寝かせてからの方がいいと思ったんです……遅くなってしまってごめんなさい」
「なんで敬語?」
「だって、ずっと会ってなかったし。樹さん、すごく遠い存在の人になったみたいで……」
「俺は変わらないよ。澪と一緒に過ごしていた時から何も。昔のように話してほしい」
何を話すんだろうとずっと緊張していたが、以前と変わらない微笑みに強張っていた体の力がすっとぬけた。
「久しぶりだな。元気だったか? 別れてからこれまで、ずっとこの町に? 一度、実家のほうに行ったんだが、空き地になっているし澪の番号は繋がらないし、連絡を取る手段がなくてずっと探していたんだ」
「……どうして……?」
別れたのだから、もう用はなかったはずだ。それに、離婚を切り出してからの樹さんはそれまでの甘い態度とは打って変わり、会話はおろか顔も合わせることもなくなり、私たちは決していい関係ではなくなっていたではないか。
「澪を、愛しているからだよ」
隣からすっと腕が伸びて、緊張できつく握ったままだった手を包んだ。
どういうことだろう。
目を合わせると、樹さんの瞳の中に滾る感情が見えた。これは、私を愛してくれていたときのものだ。
普段は感情を操るのが得意な彼ではあったが、私の男性関係に関しては嫉妬し独占欲を見せることが多かった。職場の周囲に秘密にして付き合っていた時期に、同僚に告白されたことを知った時は、何度も自分を刻み込むように執拗に抱かれたことがある。
あのころと同じ、俺のものだと言わんばかりの強い眼差しだった。
――でもそんなはずはない。
だって、樹さんは確かにあの日、私に興味がなくなったと告げたんだ。
「嘘……だって、他に……」
言葉が詰まってそれ以上は言えなかった。最後まで口にしたら、声が震えてしまいそうで。
(――ほかに好きな人ができたと言ったじゃない)
「すぐには信じられないと思う。でも俺は、あの時も、別れてからもずっと澪を愛していたよ」
わからない。
じゃあ、どうして離婚なんて。
「教えてほしい。柊君の父親は俺じゃないか? 澪が他の人と結婚してしまったのかとはじめは深く落胆したよ。君が、俺ではない誰かと愛し合ったなんて信じたくなかった。けれどあの子の年齢を考えると、妊娠は離婚のころで、さらに、柊君は俺の幼いころにそっくりだ」
やっぱり樹さんは、すべてを察していたようだ。そこまでわかっているのなら隠すことなんてできない。
「樹さんの子どもだよ……黙っていてごめんなさい。本当は離婚を切り出されたあの日にわかってたの。あなたに負担を掛けたくなくて、もっと嫌われたらどうしようって考えて言うことができなくて……」
当時の絶望的な気持ちを思い出し、じわりと涙が滲む。
彼はきっと気がついたはず。名前を呼ばれた時に私が旧姓のままなことも、クラスごとに整列した時に柊が三歳だということも、あのあと次々と知られたくないと思っていた情報は漏れてしまった。
ひとつ秘密を暴かれるたびに、樹さんが何か言いたげな顔をしてこちらを見ていた。周囲には気取られてはいないだろうけれど、ずっと一緒に暮らしていた私には彼が激しい感情を押し殺しているように感じていた。
柊の就寝時間は、毎日だいたい二十一時だけれど、今日は一時間も早く寝てしまう。やっぱり興奮して疲れていたみたいだ。
参観会はトラブルはあったけれど、誇らしげに色んな遊具の遊び方を教えてくれて、柊の楽しそうな姿を見ることができた。
就寝前のルーティンである、読んであげていた絵本を閉じ、気持ちよさそうな寝顔を眺める。スマホを握りしめずっと逡巡していたが、そっと部屋を出る。電話番号を表示させたままあれこれ悩んでいたが、思い切って発信ボタンを押した。
ワンコールもせずに通話にでた樹さんは、車で家の近くまで来てくれるということになった。
パジャマからラフな私服に着替え、お母さんに柊のことを頼むと、少しだけ友達に会ってくると告げて家を出た。お風呂上りですっぴんなのは気が引けたが、夫婦の時も散々見せて来た姿だ。今更あえて着飾る必要もない。
昼間に樹さんにずっと付き添っていた秘書を思い出す。化粧もスーツも控え目だが、清潔感があり格好いいひとだった。比べても意味はないとわかっているが、少しばかり対抗心が芽生えているのが正直な気持ちだ。
(私より、あの人を選んだの……?)
すぐに家の前に黒塗りの高級セダンが到着し、促され後部座席の樹さんの隣に座った。
「海沿いまで適当に流して」
樹さんが声を掛けると、運転手は車を発進させた。
「連絡ありがとう。もう君からは電話をもらえないんじゃないかと、落ち込み始めたところだった」
「子どもを寝かせてからの方がいいと思ったんです……遅くなってしまってごめんなさい」
「なんで敬語?」
「だって、ずっと会ってなかったし。樹さん、すごく遠い存在の人になったみたいで……」
「俺は変わらないよ。澪と一緒に過ごしていた時から何も。昔のように話してほしい」
何を話すんだろうとずっと緊張していたが、以前と変わらない微笑みに強張っていた体の力がすっとぬけた。
「久しぶりだな。元気だったか? 別れてからこれまで、ずっとこの町に? 一度、実家のほうに行ったんだが、空き地になっているし澪の番号は繋がらないし、連絡を取る手段がなくてずっと探していたんだ」
「……どうして……?」
別れたのだから、もう用はなかったはずだ。それに、離婚を切り出してからの樹さんはそれまでの甘い態度とは打って変わり、会話はおろか顔も合わせることもなくなり、私たちは決していい関係ではなくなっていたではないか。
「澪を、愛しているからだよ」
隣からすっと腕が伸びて、緊張できつく握ったままだった手を包んだ。
どういうことだろう。
目を合わせると、樹さんの瞳の中に滾る感情が見えた。これは、私を愛してくれていたときのものだ。
普段は感情を操るのが得意な彼ではあったが、私の男性関係に関しては嫉妬し独占欲を見せることが多かった。職場の周囲に秘密にして付き合っていた時期に、同僚に告白されたことを知った時は、何度も自分を刻み込むように執拗に抱かれたことがある。
あのころと同じ、俺のものだと言わんばかりの強い眼差しだった。
――でもそんなはずはない。
だって、樹さんは確かにあの日、私に興味がなくなったと告げたんだ。
「嘘……だって、他に……」
言葉が詰まってそれ以上は言えなかった。最後まで口にしたら、声が震えてしまいそうで。
(――ほかに好きな人ができたと言ったじゃない)
「すぐには信じられないと思う。でも俺は、あの時も、別れてからもずっと澪を愛していたよ」
わからない。
じゃあ、どうして離婚なんて。
「教えてほしい。柊君の父親は俺じゃないか? 澪が他の人と結婚してしまったのかとはじめは深く落胆したよ。君が、俺ではない誰かと愛し合ったなんて信じたくなかった。けれどあの子の年齢を考えると、妊娠は離婚のころで、さらに、柊君は俺の幼いころにそっくりだ」
やっぱり樹さんは、すべてを察していたようだ。そこまでわかっているのなら隠すことなんてできない。
「樹さんの子どもだよ……黙っていてごめんなさい。本当は離婚を切り出されたあの日にわかってたの。あなたに負担を掛けたくなくて、もっと嫌われたらどうしようって考えて言うことができなくて……」
当時の絶望的な気持ちを思い出し、じわりと涙が滲む。