【新作】財閥令嬢の私が、三つ子の不良御曹司に世界を教えられるなんて

夏祭りと黒龍

私は浴衣というものをほとんど着たことがなかった。

西園寺家では夏祭りに行く機会などなかったし、パーティーや晩餐会で着るのはドレスばかりだったからだ。年に何度か着物を着る機会はあるけれど。

だから、鏡に映る自分の姿を見ても、どこか他人のような気がした。

淡い桜色の浴衣。

栗色の髪には小さな髪飾り。

いつもより少しだけ大人っぽく見える気がする。

「どうかな……。」

私は小さく呟いた。

そして。

待ち合わせ場所へ向かう。



先に来ていた三つ子は。

私を見るなり固まった。

「……。」

「……。」

「……。」

三人とも何も言わない。

私は不安になった。

「変かな?」

すると。

最初に我に返ったのは蓮だった。

「いや。」

「?」

「反則。」

「え?」

「可愛すぎ。」

私は首を傾げた。

碧も真顔で頷く。

「うん。」

「すごい。」

「何が?」

「全部。」

意味が分からない。

翼はしばらく黙っていたが。

最後に小さく息を吐いて言った。

「似合ってる。」

その一言だけだった。

けれど、私を嬉ばせるに十分だった。


夏祭りは想像以上に賑わっていた。

屋台。

提灯。

花火。

子供たちの笑い声。

浴衣姿の人々。

私は見るもの全てが新鮮で、自然と足取りが軽くなる。

「見て!」

「ん?」

「りんご飴!」

「あるな。」

「金魚すくいも!」

「あるな。」

「射的も!」

「あるな。」

蓮が笑い始めた。

「六花、ずっと楽しそうだな。」

「楽しいもの!」

私は思わずそう答える。

すると、三人とも少しだけ嬉しそうな顔をした。



だが、その時だった。

翼のスマホが震える。

翼は画面を見た瞬間、表情を変えた。

けれどほんの一瞬だったから、私は気付かなかった。

「どうした?」

蓮が小声で聞く。

翼は画面を見せる。

碧の顔色も変わる。

そこに書かれていたのは。

『総長!朱雀の闇討ちで祭りに来てるメンバー数人がやられてる。援護求む』

という短い文章と、スマホの位置情報を示した地図だった。

総長である翼は数秒だけ考えた。

本当に数秒だけ。

六花や道明寺家に、自分たちが黒龍のメンバーであると知られるリスクをとってメンバーを助けにいくか。

他のメンバーに応援を要請して自分たちはこのまま六花と祭りをまわるか。

どちらを選ぶか。

けれど、答えは最初から決まっていた。

総長として仲間は見捨てられない。

バレても自分の経歴に汚点が残って、世間が騒ぎ立てるだけ。

それに、既に祭り会場にいる自分たちの方が他のメンバーよりも早く現場に到着できる。

翼は小さく息を吐く。

そして、蓮と碧へ耳打ちした。

二人もすぐに頷く。

「ごめん。」

翼が私を見る。

「俺らちょっとトイレ行ってくる。」

「分かったわ。」

「ここで待ってて。」

「うん。」

私は疑いもしなかった。


それから5分。

10分。

20分。

さすがに遅い。

私は少し心配になり始めていた。

するとボディーガードの一人が腕時計を見る。

「遅いですね。」

「そうですね……。」

「確認して参ります。」

ボディーガード二人が男子トイレへ向かう。

そして。

数分後。

慌てた様子で戻ってきた。

「お嬢様。」

「はい?」

「翼様たちはトイレ内におりません。」

「え?」

私は目を瞬かせた。

「どういうこと?」

「窓が開いていました。」

私は意味が分からなかった。

窓?

なぜ?

ボディーガード達も困惑している。

「手分けして探します。」

「お願いします。」

二人のボディーガードが走り去る。

残ったのは。

私ともう一人のボディーガードだけだった。

「どうしましょうか。」

私は不安そうに呟く。

「危険ですので単独行動はお控えください。」

「はい。」

私は頷いた。

そして、三人が無事ならいいな、と考えながら、再び祭りの人混みの中へ足を向けた。

この時の私はまだ知らなかった。

翼たちが向かった先で。

黒龍と朱雀による激しい抗争が始まっていることも。

そして、今日この夜、私が三人の大きな秘密を知ることになることも。

< 57 / 73 >

この作品をシェア

pagetop