浮気相手の子を「育てろ」と押しつけられたので、罪のない少女は丁重に育てつつ、夫だけを優雅に制裁することにしました

美味と暴露話1

 宴会会場の店では、ヴァシレウス陛下がリースト伯爵領名産のワインを片手に、上機嫌でメガエリス様の幼い頃エピソードを暴露している。

 女の子に間違われるほど可愛くて、誕生日にまだ王子だった頃の陛下がプレゼントした熊のぬいぐるみをどこにでも抱えていたとか、レースやフリルの付いたブラウス姿がいかに可愛かったとか、そんな話だ。

「今でこそデカくてごついおっさんだが、学園生の頃まではこやつも細く、可憐であった。卒業式の日、記念に一晩どうかと誘いをかけたが、氷のような目で拒否されたものだ」
「ヴァシレウス様、それ間違って覚えておられる。私はこう申したのです、『明日から我が一族の忠誠が王家から離れてもいいなら寝室に侍りますけど?』と」
「うっ。……そうであった……あの後、お前のファンだった正妃と側妃と愛妾たちにまで殴られて、尖った爪でつねられたのだった……」

 メガエリス様よりさらに大柄な陛下がしょんぼりしていると、子犬感はなかったがなかなか可愛らしかった。不敬なので口には出さないけど。

 というか、もしかしないでも、メガエリス様の人嫌いや女嫌いを助長させたのは陛下なのでは……?
 ヴァシレウス様が男女問わない艶福家なのは知られているけど、さすがに側近のメガエリス様にまでは駄目だと思うわ……

 ふと新婦のスノーフレークを見ると、微笑んでいるけど菫色の目が笑ってない。

「ねえエレオノーラ。私この間、騎士団に差し入れに行ったら、彼、王宮の侍女や女官たちからたくさんの差し入れを貰ってたわ」
「ああ、有名らしいわね」

 何せ四十路とはいえ独身だった、国王陛下の側近かつ有力な伯爵家の当主だ。秋波を送られるのは仕方がない。
 あと単純に彼は麗しいだけでなく、格好いい。騎士団長まで登り詰めた剣の実力は本物だし、彼独自の剣法もいくつか開発しているそうで。

 私はこの高級店の売りである、リースト伯爵領名産の鮭に舌鼓を打った。
 え、美味しい……めちゃくちゃ美味しい、このサーモンタルタル。新鮮で生臭みゼロで、身と脂と薬味のハーブ類の旨みが絶妙だわ。これは白ワインと合わせる義務がある!

「差し入れを渡して帰る前、少しだけ残って見ていたの。そうしたら若い騎士が彼に手紙を差し出してて」
「? 何か伝令だったのかしら?」

 私はあまりにも鮭料理が美味しすぎて、親友の彼女の言葉をあまり真剣に聞いていなかった。
 ……くっ、このスモークサーモンのカルパッチョのなんと美味なこと……! 緻密な舌触り、鮮やかで深みある濃いサーモンオレンジの色彩、口の中に広がる深みある薫香……
 ま、まさかこれは、王家御用達というあの!?

「『訓練生の頃から閣下をお慕いしておりましたあっ!』って。……ふふ、旦那様が人気すぎて辛いわ。……陛下にまで狙われていたなんて。私では絶対勝てない……」
「………………スノーフレーク、あなた、朝から結婚式の準備で忙しかったんでしょう? それ低血糖よ、ほら食べて!」

 学生時代、放課後の学内カフェで試験勉強していたとき、私や友人たちがお茶とおやつをいただいてた間も、彼女は範囲をこなしたいからと勉強してたっけ。
 それで帰る頃には低血糖でふらふらになっていた。私たちは慌ててチョコレートや飴を彼女の口に放り込んだものよ。その頃とまったく同じ!

 ちょうどメインの料理が厨房からやってきた。リースト伯爵家の最も有名な料理、サーモンパイだ。魚の形のパイの中に、鮭の身がたっぷり詰まった食事パイである。

 この国では、領地の名産品を名物料理として客に饗する習慣がある。
 我が子爵家は生ハムと関連料理で、贈答用の原木は大小中と広く人気だ。ちなみに実家はトマトと季節の野菜スープで、母方の公爵家はハーブのバジルに似た薬草とナッツで作ったペーストの前菜やパスタ料理だ。

 スノーフレークの実家は……そういえば、この結婚に際し、彼女は実家に復籍して貴族令嬢に戻っている。

「我がリースト伯爵家のサーモンパイに、スノーフレークのフォール侯爵家のサフランリゾットを合わせて焼き上げました。どうぞ皆様、お召し上がりください」

 メガエリス様の説明と同時に一斉に各テーブルに料理がサーブされる。もちろん最初はヴァシレウス陛下で、あとは爵位や職位順。

 お魚さんの形のパイはカットされて、一切れずつ。断面から火の通った鮭のピンク色と、その下のサフランスープで炊き上げた鮮やかな赤みを帯びた黄色のリゾットの美しい断面が覗いている。
 学生時代、スノーフレークの家のサフランリゾットは数回、彼女の家に遊びに行ったとき食している。彼女の実家は貴重なサフランの名産地だったのだ。
 丁寧に仕込んだ野菜ブイヨンベースのサフランスープで、粒の大きな米をリゾットとして炊く。単純な料理だがサフランスープの驚くような滋味が味わえる。
 ここからピラフや海鮮スープへのアレンジも大変美味なのだ。でもそっちだと具がメインになってしまうものね。

 さて、サーモンパイとの合体であのリゾットはどう変わったのか。
 ナイフで一口大に小さく切り分け、特に皿にソースなどはなかったので、そのままフォークを口に運ぶ。
 ふわりとパイ生地に使われた質の良いバターの風味がまず最初に鼻腔に通る。次いで、塩胡椒でシンプルに味付けされた鮭の弾力と旨み。
 最後に、それらを支えるサフランリゾットのスープ特有の、香味野菜が複雑に混ざり合った旨みが口の中に広がった。

「お義母様。ものすごく美味しいですね」
「ええ。リーゼ、これに合わせるお酒は何が良いと思う?」

 そろそろ私のリーゼへの貴族教育も締めくくりだ。質問にリーゼはまた一口食べて、考え込む表情になる。

「私の好みなら白ですが、サーモン、パイとリゾット、どこに焦点を合わせればいいかわかりません」
「そうね。こういうときは、主催や近しい関係者と同じものを選ぶといいわね」

 メガエリス様は白ワインを、スノーフレークは果汁の炭酸割りだ。この場合、お酒が飲めるならメガエリス様と同じものを頼めばいいだろう。

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