金木犀の奏鳴曲(ソナタ)
「ハンマーの摩耗、弦とピンの錆……外側から観た部分だけでも傷みが判りますから、内側にも不具合があるはずですよね。先輩」

「あーそうだな」

「あの、こちらのピアノを工房に持ち帰り修理させていただいても?」

詩月が穏やかに訊ねる。

「そんなに……えっと修理代の見積もりを連絡してもらえますか」

「承知しました。ーーでは、こちらにサインを」

詩月は言いながら、預かり証を差し出した。

先輩調律師は詩月が依頼主の男性の対応をしている間、工房に電話を入れ運送トラックの手配をした。

「お婆さんが亡くなった後、此処にしまいこんで全く使わず、手入れもしないでおくから、こんなことに」

若い依頼主は愚痴を溢しながら、サインをする。

「このピアノを修理後に、どなたかが演奏される予定が?」

詩月は静かに訊ねてみた。

誰も演奏しないピアノを修理するはずはないだろうと思った。
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