愛とか恋とかウザいので
(え?)
そのまま肩を強く引き寄せられると、森林を思わせる爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。慣れ親しんだその香りに、まさかと思っていると、すぐ耳元で蒼弥の声がする。
「悪いな。仕事中の彼女がこういうスタイルなのは、俺が嫉妬深いせいだ」
「……はい?」
彼がなにを言っているかわからず横を向くと、間近に彼の顔があって驚く。
そんな状況ではないと思いつつも、つい彼の端整な顔立ちに気を取られていると、蒼弥はこちらを向いて爽やかに微笑みかけてきた。
「ごめん。萌依のことは信用しているけど、嫉妬心が押さえられなくて、つい迎えに来てしまった」
蒼弥がなにを言っているのかわからない。
それは亨介も同じなのだろう。突然現れて、まるで萌依の恋人かのように振る舞う彼をポカンとした顔で見上げている。
そんな彼に視線を巡らせ、蒼弥が鼻で笑う。自分が見下されたと理解して、亨介がムッとして唸るように言う。
「お前、誰だよ?」
「失礼。早瀬蒼弥という者だ。一応、ハルモニアの社長を勤めさせてもらっている」
亨介が名乗ると、亨介は「えっ」と小さな声を漏らして、蒼弥の姿をまじまじと見た。
スーツや左手首に捲かれているハルモニアの腕時計などを観察し、蒼弥の顔を見てハッと息を呑み立ち上がる。
「失礼いたしました。私は十和企興の……」
亨介は、慌てて名刺入れを取り出そうとして、スーツの内ポケットを探るが、蒼弥はそれを無視して、萌依の体の向きを変えさせる。
「名乗らなくて結構。彼女の魅力を理解できないようなヤツに、仕事を依頼することはないからな」
「恋人だなんて、どうせ噓なんだろっ!」
どこか相手に対する嘲りを感じさせる蒼弥の態度に、亨介が声を荒らげる。
「恋人じゃない。フィアンセだ」
蒼弥が、ニッと口角を持ち上げて嘯く。
「はぁぁ?」
彼のとんでもない発言に萌依が素っ頓狂な声をあげるけど、蒼弥は気にしない。
「ごめん。まだふたりの秘密だったね」
などと、萌依に艶っぽい笑顔を添えて、噓の上塗りをしてくる。
そのやり取りに亨介が呆然としている隙に、蒼弥は萌依の肩を抱いて歩き出す。
「あ、あの社長、これは……」
蒼弥に肩を抱かれたまま歩く萌依は、彼を見上げて小声で騒ぐ。
なぜ蒼弥がここにいるのか、どうしてそんな誤解を招くような発言をするのか、萌依の混乱は続く。
「水谷の結婚式で、お前の噓を暴いて、笑いものにしてやるから覚悟しとけよ」
背後から聞こえる亨介の声に、萌依の肩が思わず跳ねた。
触れる手でそれを感じ取った蒼弥が、それを宥めるように囁き肩に回す手に力を込めて歩く。
蒼弥はそのまま萌依の肩を抱いて店を出ると、やっと腕を解いてくれた。
「あの失礼な男は、何者だ? 十和企興といえば、朝比奈君の前職だよな」
蒼弥は不快感を露わにして聞く。
「そ、そんなことより社長、なんでここに? このままだと、私たちの関係を誤解されちゃいますよっ!」
蒼弥の発言の意図は不明だが、とにかく秘書として、彼に自分のフィアンセなどという汚名を着せるわけにはいかない。
慌てふためく萌依の言葉に、蒼弥は少し悩んでから答える。
「気になって、様子を見にきたんだが、相手の男の無礼な態度に腹が立った」
「だからって、どうしてあんなことを……」
「どうも俺は、敵認定した奴を前にすると、相手が嫌がる角度から仕掛けたくなる性分でな」
なんかすまん。と、蒼弥は肩をすくめる。
思いもしなかった理由に、萌依は口をパクパクとさせた。
つまり萌依の様子を見にきて、暴言を吐く亨介の姿に腹が立ったから、売り言葉に買い言葉のようなノリで、あんなことを言ったということだ。
萌依は額に手で押さえて、大きく息を吐いた。
「なにを考えているんですか。この先、どうするつもりなんです」
下手に口止めをすれば、亨介のことだから、よけいに面白おかしく騒ぎ立てるだろう。
だからといってこのままでは、どんな噂が広まるかわかったものではない。
近く、仁美の結婚披露宴もあるのに。
あれこれせわしなく思考を巡らせ、萌依は頭を抱えた。
「巻き込んで悪かった」
蒼弥の声に視線を上げると、申し訳なさそうに眉尻を下げる蒼弥と目が合った。
なんというか、飼い主に叱られた大型犬のようだ。
いつも威風堂々としている彼のらしからぬ表情に、気持ちがふわりとほぐれて、つい笑ってしまう。
「いえ。駆け付けてくださって、ありがとうございます」
蒼弥の社会的立場を考えると頭は痛いけど、彼が駆け付けてくれなければ、亨介の前で泣いてしまっていたかもしれない。
それに先ほど、蒼弥を前に慌てふためく亨介の姿はちょっと面白かった。
唖然とする彼の表情を思い出して萌依がクスクス笑っていると、蒼弥が困り顔になる。
「朝比奈君は、被害者なんだから、笑ってないで俺に怒っていいんだぞ」
蒼弥はそう言うが、彼は萌依を心配して駆け付け、侮辱される萌依のために行動を起こしてくれたのだから、怒れるわけがない。
「社長が、そんな理由であんな発言をするなんて……。面白過ぎて、怒る気にもなりませんよ」
「確かに大人げなかったな」
苦笑いする蒼弥は、「とりあえず、少し話をしないか?」と声をかけて、ハルモニアとは別方向に歩き出した。
そのまま肩を強く引き寄せられると、森林を思わせる爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。慣れ親しんだその香りに、まさかと思っていると、すぐ耳元で蒼弥の声がする。
「悪いな。仕事中の彼女がこういうスタイルなのは、俺が嫉妬深いせいだ」
「……はい?」
彼がなにを言っているかわからず横を向くと、間近に彼の顔があって驚く。
そんな状況ではないと思いつつも、つい彼の端整な顔立ちに気を取られていると、蒼弥はこちらを向いて爽やかに微笑みかけてきた。
「ごめん。萌依のことは信用しているけど、嫉妬心が押さえられなくて、つい迎えに来てしまった」
蒼弥がなにを言っているのかわからない。
それは亨介も同じなのだろう。突然現れて、まるで萌依の恋人かのように振る舞う彼をポカンとした顔で見上げている。
そんな彼に視線を巡らせ、蒼弥が鼻で笑う。自分が見下されたと理解して、亨介がムッとして唸るように言う。
「お前、誰だよ?」
「失礼。早瀬蒼弥という者だ。一応、ハルモニアの社長を勤めさせてもらっている」
亨介が名乗ると、亨介は「えっ」と小さな声を漏らして、蒼弥の姿をまじまじと見た。
スーツや左手首に捲かれているハルモニアの腕時計などを観察し、蒼弥の顔を見てハッと息を呑み立ち上がる。
「失礼いたしました。私は十和企興の……」
亨介は、慌てて名刺入れを取り出そうとして、スーツの内ポケットを探るが、蒼弥はそれを無視して、萌依の体の向きを変えさせる。
「名乗らなくて結構。彼女の魅力を理解できないようなヤツに、仕事を依頼することはないからな」
「恋人だなんて、どうせ噓なんだろっ!」
どこか相手に対する嘲りを感じさせる蒼弥の態度に、亨介が声を荒らげる。
「恋人じゃない。フィアンセだ」
蒼弥が、ニッと口角を持ち上げて嘯く。
「はぁぁ?」
彼のとんでもない発言に萌依が素っ頓狂な声をあげるけど、蒼弥は気にしない。
「ごめん。まだふたりの秘密だったね」
などと、萌依に艶っぽい笑顔を添えて、噓の上塗りをしてくる。
そのやり取りに亨介が呆然としている隙に、蒼弥は萌依の肩を抱いて歩き出す。
「あ、あの社長、これは……」
蒼弥に肩を抱かれたまま歩く萌依は、彼を見上げて小声で騒ぐ。
なぜ蒼弥がここにいるのか、どうしてそんな誤解を招くような発言をするのか、萌依の混乱は続く。
「水谷の結婚式で、お前の噓を暴いて、笑いものにしてやるから覚悟しとけよ」
背後から聞こえる亨介の声に、萌依の肩が思わず跳ねた。
触れる手でそれを感じ取った蒼弥が、それを宥めるように囁き肩に回す手に力を込めて歩く。
蒼弥はそのまま萌依の肩を抱いて店を出ると、やっと腕を解いてくれた。
「あの失礼な男は、何者だ? 十和企興といえば、朝比奈君の前職だよな」
蒼弥は不快感を露わにして聞く。
「そ、そんなことより社長、なんでここに? このままだと、私たちの関係を誤解されちゃいますよっ!」
蒼弥の発言の意図は不明だが、とにかく秘書として、彼に自分のフィアンセなどという汚名を着せるわけにはいかない。
慌てふためく萌依の言葉に、蒼弥は少し悩んでから答える。
「気になって、様子を見にきたんだが、相手の男の無礼な態度に腹が立った」
「だからって、どうしてあんなことを……」
「どうも俺は、敵認定した奴を前にすると、相手が嫌がる角度から仕掛けたくなる性分でな」
なんかすまん。と、蒼弥は肩をすくめる。
思いもしなかった理由に、萌依は口をパクパクとさせた。
つまり萌依の様子を見にきて、暴言を吐く亨介の姿に腹が立ったから、売り言葉に買い言葉のようなノリで、あんなことを言ったということだ。
萌依は額に手で押さえて、大きく息を吐いた。
「なにを考えているんですか。この先、どうするつもりなんです」
下手に口止めをすれば、亨介のことだから、よけいに面白おかしく騒ぎ立てるだろう。
だからといってこのままでは、どんな噂が広まるかわかったものではない。
近く、仁美の結婚披露宴もあるのに。
あれこれせわしなく思考を巡らせ、萌依は頭を抱えた。
「巻き込んで悪かった」
蒼弥の声に視線を上げると、申し訳なさそうに眉尻を下げる蒼弥と目が合った。
なんというか、飼い主に叱られた大型犬のようだ。
いつも威風堂々としている彼のらしからぬ表情に、気持ちがふわりとほぐれて、つい笑ってしまう。
「いえ。駆け付けてくださって、ありがとうございます」
蒼弥の社会的立場を考えると頭は痛いけど、彼が駆け付けてくれなければ、亨介の前で泣いてしまっていたかもしれない。
それに先ほど、蒼弥を前に慌てふためく亨介の姿はちょっと面白かった。
唖然とする彼の表情を思い出して萌依がクスクス笑っていると、蒼弥が困り顔になる。
「朝比奈君は、被害者なんだから、笑ってないで俺に怒っていいんだぞ」
蒼弥はそう言うが、彼は萌依を心配して駆け付け、侮辱される萌依のために行動を起こしてくれたのだから、怒れるわけがない。
「社長が、そんな理由であんな発言をするなんて……。面白過ぎて、怒る気にもなりませんよ」
「確かに大人げなかったな」
苦笑いする蒼弥は、「とりあえず、少し話をしないか?」と声をかけて、ハルモニアとは別方向に歩き出した。