愛とか恋とかウザいので
  ◇◇◇

 蒼弥が車を公園の駐車場に止めると、隣からうめき声が聞こえてきた。
 助手席に視線を向けると、萌依が頭を抱えている。
 あの後、彼女の友人の結婚式にそのまま参加させてもらい。式が終わると、蒼弥は彼女を家まで送ると言って自分の車に乗せた。
 誰が新郎新婦なのかわからなくなるほどの祝福を受けて周囲に見送られ、蒼弥の車に押し込まれた萌依は、顔を引きつらせつつ助手席に収まった。
 蒼弥はホテルを出ると、とりあえず眺めのよさそうな海の見える公園に車を止めて、今に至る。

「皆の前であんなこと言って、この後どうするつもりですか?」

 運転の妨げにならないよう黙っていた萌依が、キッとこちらを睨んだ。

「どうするって、せっかく祝福してもらったんだし、結婚すればいいじゃないのか?」

 蒼弥が軽い調子で誘うと、萌依が唇を引き結ぶ。
 その反応に、蒼弥は軽く首をすくめた。

「だいたい、早瀬さんはどうしてあの場所にいたんですか?」

「気になったから、昼食を取りがてら覗いてみた。式の場所やスケジュールは、昨日買い物をしている最中、萌依が話していた」

 蒼弥の言葉に、萌依は思い出したという顔をする。

「何事もないようだったら、そのまま帰るつもりでいたんだ。そうしたら、君があの男に絡まれているのが見えたから止めに入った」

 蒼弥の言葉に噓はない。
 突然の会社訪問一つとっても、亨介という男は、著しくモラルが欠けているのがわかる。
 萌依から聞いた別れの顛末から考えて、彼は自分が優位に立てる思った相手には容赦なく横柄に接するのだろう。そして、蒼弥のように社会的地位が高い人にだけ媚びるのだ。
 そんな男のいる場所に行くのだから、心配にもなる。
 それで食事ついでに覗いてみることにした。
 庭の方は、一般客も散策してかまわないようだったので、食後の散歩がてら様子を見に行くと、案の定、萌依があの男に絡まれていた。それで、つい割り込んでしまった。
 すると話しに聞いていた常務の娘とやらまで姿を見せ、萌依に上から目線で話しかけてきた。
 自分に向けられる彼女の眼差しが不快で、ついお約束の行動に出てしまったのは、ご愛敬のようなものだ。
 蒼弥の説明に、萌依が難しい顔で黙り込む。
 でもすぐに、両手で顔を覆って唸る。

「早瀬さんなりの配慮なのはわかりました。でもだかって、言い方ってあるじゃないですか~。皆絶対に、私と早瀬さんの関係を誤解していますよ。このままじゃ私、噓つきになっちゃいます」

 生真面目な萌依としては、友人に噓をつくような形になってしまったのが心苦しいらしい。

「そう思うなら、噓を本当にするために俺と結婚すればいいだろ」

 結局、話しはそこに戻るのだ。
 こちらにジットリした眼差しを向けてくる萌依相手に、蒼弥は強気な表情を崩さず持論を述べる。

「昨日も言ったが、俺は君の敵じゃない。身構え過ぎずに、冷静に状況を分析してみろ。まず第一に、俺も君も愛も恋もウザいと思っている。だからこの先、恋愛も、恋愛結婚する予定もない。それでいてお互い、結婚すれば解消される面倒ごとを抱えている」

 蒼弥は萌依の方に右手を伸ばして、まずは人差し指を一本立てた。次に、中指を立てて言う。

「第二に、俺は祖父に政略結婚を勧められて迷惑している。かたや君は、育ててくれた祖父母に結婚の報告できないことを心苦しくは思っている」

「う……っ」

 蒼弥の言葉に、萌依が口角を下げて困り顔を見せた。
 その隙に蒼弥は、三本目の指を立てる。

「第三に、この結婚は、対外的なものであって、君の人生を制約するような条件を付ける気はない。強いて言うのであれば、妻として俺のマンションに越してきてほしいとは思うが、もちろん部屋は別だし、俺名義のマンションだから光熱費や家賃は不要だ。失礼ながら奨学金の返済を抱える君としては、経済的にもメリットがるんじゃないのか?」

 立場的に、萌依がまだ奨学金の返済を続けていることは知っている。
 そういう意味でも、これは悪くない提案のはずだ。
 蒼弥は、ニヤリと笑って次の指を立てる。

「第四に、この誘いを断ると、どうやら萌依は嘘つきになってしまうらしい」

 その言葉に、萌依が「ウッ」と息を詰まらせる。
 先ほど遭遇した萌依の友人たちは、人がよさそうだった。
 もしこのままふたりが結婚しなくても、萌依を嘘つきなどとなじることはないだろう。
 そう言ってやれば、彼女も冷静に考えられるのかもしれない。
 だけど生憎、蒼弥はそこまでお人好しではない。
 商売人として、相手に損をさせないという自信があるのだから、後は強気に話を進めるだけである。
 そしてトドメとばかりに、最後の指を立てて言う。

「最後に、俺を諦めさせるのは、なかなかに骨が折れるぞ」

「部下だから、知ってます」

 萌依が額を抑えて認める。
 どのくらい大変であるかは、説明するまでもないらしい。
 それなら話は早い。

「では改めて問うが、俺と結婚しないか?」

 我ながら色気も盛り上がりもないプロポーズだとは思うが、蒼弥に取ってこれは商談のようなものなのだから問題ない。
 思考を巡らせること数秒、萌依が唸るように言う。

「そのご提案、謹んでお受けします」

 こちらもプロポーズを受けているには、不似合いな反応だがそれでいい。

「では契約成立と言うことで」

 そう言って蒼弥が右手を差し出すと、萌依も渋々といった感じで握り返してきた。
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