愛とか恋とかウザいので
 館野常務と会う約束をした際、移動の合間にしか時間が取れないと話しておいたのは、早々に話を切り上げるためだ。
 先日、萌依の友人の結婚式で遭遇した眞希子と、たいした言葉を交わした記憶はないし、もちろん連絡先も教えてはいない。
 それなににどこでどう調べたのか、蒼弥のプライベートな番号に眞希子から連絡があり、どうしても会いたいと言われた。理由としては、十和企興の常務である彼女の父が、ハルモニア社長である蒼弥に仕事の話をしたいとのことだ。
 普段の蒼弥なら、その場で突っぱねていただろう。
 だが眞希子が、蒼弥が断れば萌依に連絡するとにおわせてきたので、その提案を受けることにした。
 蒼弥としては、二度と眞希子に萌依と接触させるつもりはない。
 面談の場所にラウンジを選んだのも、秘書を同席させなかったのも、萌依にこのことを知られないためだ。

「忙しいので、お話は手短に願います」

 水を運んできたスタッフにコーヒーを注文し、蒼弥は館野常務に告げる。その後で眞希子に視線を移し、「それと、こういった連絡の入れ方はこの一度きりにしてもらいたい」と釘を刺す。
 蒼弥の冷ややかな態度に、館野常務も、想像していた状況をなにかが違うと察したようだ。

「あの、えっと……娘からは、早瀬社長と面識ができ、親しくさせてもらっていると聞いていたのですが。そてで、是非ご挨拶させていただきたいと思ったのですが」

 館野常務は、娘と蒼弥を見比べて早口に言う。戸惑いを見せる父親と違い、眞希子は胸に手を添えて余裕のある表情で話す。

「ええ、先日は元後輩の朝比奈に邪魔されてあまり話せませんでしたが、早瀬社長も私とゆっくり話をしたいとか思って」

 その自信はどこからくるのだ。蒼弥は冷めた眼差しを眞希子に向けた。
 父親の隣に座る眞希子は、確かに一見整った顔立ちをしている。しかし内側から滲み出る傲慢さんが、その美しさをくすんだものにしているのだが、本人はそれに気付いていないらしい。
 こういう女性を相手にしていると、本当の美しさは内側から滲み出るものだとしみじみ思う。
 傲慢で他人を蹴落とすことばかり考えている眞希子は、どれだけ着飾ったところで歪な輝きしか放たない。
 そんなまがいものの美しさに興味はないと、蒼弥は、館野常務へと視線を移して先を促す。

「娘さんと話すべきことはありませんが、十和企興さんとは過去にお仕事をさせていただいたこともありますので、それを考慮して話を聞く時間を持たせていただいただけです」

 十和企興はそれなりに規模の大きな広告代理店なので、ハルモニアから仕事を依頼することもある。
 眞希子と個人的な関わりを持つつもりはないが、彼女の人間性を嫌悪しているからと言って、会社同士の関係を絶つわけにもいかない。
 ビジネスモードに徹する蒼弥の言葉に、眞希子が眉を跳ねさせる。
 蒼弥の反応が想定していたものと違ったのが、面白くないのだろう。
 館野常務の方は、娘と蒼弥との温度差に戸惑いつつも話を本題へと移す。

「ハルモニアさんの方では、創業百周年を記念して、秋から様々なキャンペーンを開催されますよね? その件に関して、弊社にご協力できることがあれば、是非ご一緒にさせていただきたいと思いまして」

「その企画に関しましては、コンペを開いた上で、既に発注業者が決まっておりますので」

 百周年の節目に向けて、入念な準備をしてきたのだ。この時期になって、割り込めるわけがない。

(そんなこともわからずに、常務自ら営業にきたのか?)

 そう呆れたかけた蒼弥は、イベント運営などを任せる発注先を決めるためのコンペに、十和企興も参加していたことを思い出した。
 企画力で競り勝ったのは、十和企興とライバル関係にあることで知られる広告代理店だ。
 つまりライバル企業に負けたのが悔しくて、その無念を晴らすために、どうにかこの件に割り込もうとしているのだろう。

(娘が娘なら、父親も父親だな)

 この親子は、揃いも揃って私情で周囲を巻き込むことに、なんの躊躇いもないらしい。
 そうなると蒼弥としては、いよいよ相手をするのがバカらしくなる。

「そういうことでしたら……」

「私は現在秘密裏に進めている企画があることも存じておりますので、必ずお役に立てると思いますよ」

 注文したコーヒーが来るのを待たずに腰を浮かしかけた蒼弥に、館野常務が言う。
 そして「ウチは、時計設計師のミツセさんともお付き合いがありますので」と、意味深な笑みを添える。
 ハルモニアが秘密裏に進めている企画がなんであるか、承知しているということだ。
 ミツセは自分からそういったことを話すタイプではないので、どこから情報を仕入れたのだか。
 頭の片隅で、情報の出所を推測してみるが、多少情報が漏れてしまうのは仕方ないのだろう。
 以前萌依のドレスを買いに行ったセレクトショップのオーナーも、ハルモニアが百周年に向けて企画を進行させていると察していた。
 十和企興の社員がミツセと仕事をしているなら、その流れでなにかしらの情報を入手したのかもしれない。その場合、そうやって入手した情報をどう扱うかは、企業マナーの問題だ。

「安心してください。弊社は、クライアントの秘密保持は徹底しておりますので」

 館野常務が言う。
 先ほどからミツセとの関わりをにおわせておいて、白々しい。
 この発言も、一見誠実なものに聞こえるが、彼のこれまでの言動を踏まえて深読みすれば、仕事を発注しないのなら、その先は知らないということだ。

(俺を脅すとは、いい度胸だな)

 それならこちらも、今後一切、十和企興との関係を絶つまでだ。
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