愛とか恋とかウザいので
 蒼弥と共にパーティー会場に入った萌依は、その華やかさに感嘆を漏らした。
 社長秘書といってもまだまだ新米の萌依は、こういった華やかな場所への同行は任されていない。
 そのため、華やかな装いの出席者にも、シャンデリアが天井できらめき、金屏風が設置されている会場の雰囲気といったものにも、圧倒されてしまう。
 エレベーターを下りる際に、ふたりの距離を適切なものに戻した蒼弥は、会場全体に視線を巡らせた。

「まずは、本日の主役に挨拶をしよう」

 すぐに目的の人を見つけたらしく、彼は萌依を伴って人だかりの方へと歩き出す。

「ミツセさん」

 蒼弥が声をかけると、輪の中心にいた背の高い男性がこちらへと視線を向けた。
 年齢としては蒼弥と同世代か、少し年上といったかんじだろうか。長身で、変わったデザインのフレームの眼鏡をかけた彼は、マッシュルームカットの髪の一部に青いメッシュを入れている。
 彼がミツセのようだ。

「ああ、早瀬さん」

 ミツセは、親しげな笑みを浮かべて蒼弥の名前を呼ぶ。そのまま一団を離れてこちらへと歩み寄る。

「ようこそ。えっと……今日は、渥美さんは一緒じゃないんだね」

 ミツセの視線が、萌依に向けられた。

「俺の秘書の、朝比奈だ」

 普段の蒼弥は、公の場では自称に『私』を使う。どうやらミツセとは、かなり打ち解けた関係らしい。
 頭の片隅でそんなことを思いつつ、蒼弥が紹介する声に合わせて、萌依は深く頭を下げ、秘書として挨拶をしようとした。
 だけどそれより早く、蒼弥は萌依の肩に腕を回して声のトーンを落として言葉を続ける。

「そして彼女は、俺のプライベートのパートナーでもある」

 蒼弥のその告白に、ミツセだけでなく萌依も思わず目を丸くした。
 そんな萌依の表情をチラリと見て、蒼弥はそっと肩をすくめて、唇に人差し指を添える。

「ただ、俺たちの関係はまだ公にしていないので、ご内密に願います」

 それを聞いたミツセが、声を弾ませる。

「なるほど、秘密の関係か。それは楽しそうだね」

 萌依と蒼弥を見比べたミツセは、自分の唇に人差し指をそえて言う。

「秘密を共有する仲間に、ボクを入れてくれてありがとう」

 蒼弥とあまり変わらない年齢だと思うのだけど、ミツセの瞳は少年のように澄んでいて無邪気な雰囲気がある。
 その姿に、萌依は内心で納得する。
 このタイミングでミツセにふたりの関係を打ち明けたのは、蒼弥のリップサービスのようなものだろう。
 もちろんミツセの人柄を信用してのことだろうけど、どこか少年のような無邪気さを残す彼にとって、秘密を打ち明けられるというは心弾むことらしい。

(蒼弥さんの仕事の役に立てるなら……)

「はじめまして。朝比奈萌依と言います」

 萌依は、職場では旧姓で通すと決めている。それもあり、蒼弥が入籍していることまで打ち明けるのかわからないので、そう挨拶しておく。

「光村誠二です」

 その挨拶を受けて、ミツセが右手を差し本名を名乗った。
 萌依がその手を握って握手を交わすと、蒼弥が「後で時間をもらえますか? 少し、相談したことがあるので」とミツセに声をかける。
 声のトーンとこちらに向ける眼差しで、萌依は、彼が自分には聞かれたくない話をしたいのだろうと察した。

「話し? それなら今から聞くよ」

 ミツセが軽い口調で返す。

「ふたりでお話されるなら、私は、展示品の見学させていただいてもいいですか? ミツセさんの作品を間近で見られるなんて、めったにない機会なので」

 今日のパーティーはミツセの功績を称えるためのものなので、ショーケースに収められた彼の作品が数点飾られている。
 ミツセの腕時計は、希少価値が高く、高価な一点ものなどもある。最低価格が七桁から始まる品ばかりなので、そうそう見られるものではない。
 その他、作品を撮影した写したパネルや、デザインのラフ画なども、展示されている。
 まだまだ勉強中の身である萌依にとって、気になる情報ばかりだ。
 蒼弥とミツセがどんな話をするのか気にはなるが、無駄に気を揉むより、その時間を使って、一つでも多くの知識を吸収しておきたい。
 萌依は、蒼弥とミツセの邪魔をしないよう、その場を離れて、ひとりで展示物を見学して回った。
 途中、チラリと蒼弥たちの方に視線を向けると、ふたりは頭を寄せ合って言葉を交わしている。
 周囲に話を聞かれることに一応の警戒はしているようだが、その表情は楽しげだ。
 ミツセが苦笑する蒼弥を揶揄うそぶりまで見せている。
 これまで蒼弥とミツセとの交渉に萌依が同伴したことはなかったが、どうやらふたりはかなり気心の知れた関係のようだ。
 そして親しい人との打ち解けた彼の表情は、いつも以上に魅力的なようで、着飾った女性陣が遠巻きにそのやり取りを伺っている。
 てっきり仕事がらみの話をするのだと思っていたけど、違ったのかもしれない。

(あんな表情を見せるなんて、どんな話をしているんだろう? もしかして、好きな人の話とか……)

 そこまで考えて、萌依は苦笑する。
 蒼弥に限ってそれはない。
 逆にもし彼に好きな人ができれば、永遠の片想いでもいいから彼の側にいたいと思っている萌依は、その立場さえ失うことになる。
 もし蒼弥が恋をすれば、持ち前の行動力で必ず相手を口説き落とすだろう。
 蒼弥がフラれるなんて姿は、想像がつかない。

(そうしたら、離婚することになるのかな?)

 そんなことになるくらいなら、蒼弥には、恋愛に興味がないままでいてほしい。
 恋をしたとたん、どうして自分はあさましい性格になってしまうのだろうと、萌依は落胆する。
 そんな自分が嫌で、展示されている時計に意識を集中させていると、隣の蒼弥が立つのがわかった。
 最近すっかり生活の一部になっている新緑を思わせる香りに視線を向けると、思ったとおり蒼弥がいた。

「お話は終わったんですか?」

 萌依が声をかけると、蒼弥が目の動きでそうだと返す。

「彼にちょっと頼み事があってな」

「頼み事ですか? それにしては、ずいぶん楽しそうでしたけど」

 そんなことを言えば、離れた場所から彼を意識していたのがバレバレだ。だけど蒼弥は、そこに気付くことなく話す。

「俺が恋に落ちたことを、ミツセさんに揶揄われた」

「え? 蒼弥さんが恋……ですか?」

「もし、俺が本当に恋をしたと言ったらどうする?」

 不意に投げかけられた質問に、萌依は自分の心臓が凍り付くような衝撃を受けた。
 その表情を見て、蒼弥がフッと表情を消す。

「冗談だ」

 蒼弥は、先ほどの発言をなかったことにするが、その硬い表情が冗談ではないと告げている。
 ということはつまり、彼は恋をしているのだ。

(でもそれを認めたら……)

「ですよね。蒼弥さんが、誰かを好きなるはずがないですもんね」

 自分と蒼弥を繋ぐのは、『愛も恋も必要ない』という割り切った思いだけなのだから、もし蒼弥に誰か好きな人が出来れば、自分たちは別れることになるだろう。

(だからどうか、誰を愛しているなんて言わないでください)

 祈るような思いで萌依は蒼弥を見上げた。

「萌依、その件だが実は……」

 蒼弥がなにか言おうとした時、フッと辺りが暗くなった。同時に、金屏風をライトが照らす。
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