愛とか恋とかウザいので
司会とおぼしき女性が壇上に進み出て、挨拶を始める。
これまで自由に歓談していた人たちが視線を向ける中、女性はよく通る声で、今日の式を主催者を紹介し、次にミツセの紹介していく。
紹介に合わせてミツセが壇上に上ると、拍手が広がる。
そのまま司会の女性に功績を称えられたミツセが簡単な挨拶すると、周囲は祝福ムードに満たされていく。
再び周囲が明るくなり、歓談が再開される頃には、蒼弥と先ほどの話を蒸し返す雰囲気ではなくなっていた。
萌依がそのことにホッとしていると、蒼弥は深く息を吐いて前髪を掻き上げた。
それで気持ちを切り替えたのだろう。ビジネスモードとわかる口調で言う。
「ミツセさんとの企画の件で、広報の一部を十和企興に任せることになると思う」
「え?」
思いがけない言葉に、再び萌依の思考がフリーズする。
以前いた職場の名前に、どうしても亨介や眞希子の顔が浮かぶ。
十和企興は広告代理店なので、広報を委託されること事態は不自然ではない。だがその件に関しては、既に委託先が決定していはずなのに。
「このタイミングで、新たな企業を参加させることに、あまり意味はないように思えますが……」
委託先になにか問題があったわけでもないのに、このタイミングで十和企興を参入させることに、なにかしらの思惑を感じる。
萌依としては、今更あの人たちに関わりたくないと思う以上に、蒼弥に関わってほしくない。
それなに、蒼弥は視線を逸らして突き放すような調子で告げる。
「私的感情を含んだ、俺の独断と思ってもらって構わない。ただ、俺なりの考えがあってのことだ」
「それは、どういうことでしょうか?」
声が震えるのをどうにか堪えて萌依の質問を無視して、蒼弥が感情の読み取れない声で告げる。
「先方との交渉の窓口には俺が立つ。業務的に考えても。萌依が十和企興と関わる必要はないから心配するな」
一見萌依を気遣っているようにも思えるその言葉が、萌依を絶望に突き落とす。
普通に考えれば、社長秘書である萌依が、直接十和企興と関わりを持つ可能性はほぼない。でもそれは、社長である蒼弥にも言えることだ。
それなのに、蒼弥が交渉の窓口に彼が立というのは、彼なりの考えがあってのことなのだろう。
敵認定した奴を前にすると、相手が嫌がる角度から仕掛けたくなる主義と公言する蒼弥の性格を知るだけに、萌依には見えてくるものがある。
(蒼弥さん、私と別れたいんだ)
さすがに蒼弥に敵認定されているとは思わないが、突然十和企興との仕事を強引に進める態度に、萌依に対する拒絶を感じる。
「萌依?」
蒼弥が気遣わしげな声で名前を呼ぶ。
その声が優しげだからこそ、頭が混乱して息苦しくなる。
萌依がドレスの生地を握り絞めることでこみ上げる感情をやり過ごしていると、蒼弥の名前を呼ぶ男性の声が聞こえてきた。
「早瀬社長」
肩書きを付けて彼を呼ぶ声に視線を向けると、萌依にも見覚えのある年配男性の姿があった。
(館野常務)
以前勤めていた会社の役員の姿に、萌依は息を呑んだ。その隣には、高飛車な雰囲気を隠さない眞希子の姿もある。
館野常務の方は萌依が誰だかわかっていない様子だが、眞希子は、萌依の存在に気付くと意味深に口角を持ち上げた。
挑発的な笑みを浮かべる彼女の姿に、どうしても彼女に亨介を奪われた時のことを思い出してしまう。
「早瀬社長、先日はお茶をご一緒できて楽しかったです」
眞希子が誇らしげに言う。
(え?)
思わず蒼弥を見ると、その視線に気付いた蒼弥が苦い顔をする。萌依の前でしたい会話ではないのだろう。
つまりそれは、蒼弥と眞希子は、萌依の知らない場所で密かに会っていたのだ。
「早瀬社長もこのパーティーに出席されると思い、探していたんですよ」
そう話すのは、館野常務だ。その親しげな口調で、蒼弥と初対面ではないのだとわかる。
その後に続く話を聞いていると、どうやら十和企興がミツセと仕事の付き合いがあった流れで、今日のパーティーに参加したのだとわかった。
そして眞希子は、蒼弥に会いたいからと、無理を言って父親に同伴したと言う。
萌依が十和企興に勤務していた頃も、眞希子は父親の地位を利用してワガママを通していたが、その身勝手さは今も健在らしい。
「それはまた、随分とはた迷惑な」
萌依と同じことを思ったのか、蒼弥が苦笑する。
だけど眞希子は、それを嫌味とは捉えていないのだろう。悪びれる様子もなく微笑む。
「ええ。私なら、それが許されるとわかっていますから」
誇らしげにそう語る眞希子は、チラリと萌依に視線を向けて付け足す。
「そんなことより、邪魔者抜きでお話できないかしら? この前の話の続きがしたくて」
誘うような眞希子の声が、その言葉を拒絶しない蒼弥の態度が、萌依の心を揺さぶる。
「すみません。私、お手洗いに」
萌依はそれだけ言うと、その場を離れた。
心の片隅で、蒼弥が引き止めてくれることを願っていたのだけど、そんな夢みたいなことは起きず、背後では眞希子が蒼弥に甘く語りかける声がしていた。
これまで自由に歓談していた人たちが視線を向ける中、女性はよく通る声で、今日の式を主催者を紹介し、次にミツセの紹介していく。
紹介に合わせてミツセが壇上に上ると、拍手が広がる。
そのまま司会の女性に功績を称えられたミツセが簡単な挨拶すると、周囲は祝福ムードに満たされていく。
再び周囲が明るくなり、歓談が再開される頃には、蒼弥と先ほどの話を蒸し返す雰囲気ではなくなっていた。
萌依がそのことにホッとしていると、蒼弥は深く息を吐いて前髪を掻き上げた。
それで気持ちを切り替えたのだろう。ビジネスモードとわかる口調で言う。
「ミツセさんとの企画の件で、広報の一部を十和企興に任せることになると思う」
「え?」
思いがけない言葉に、再び萌依の思考がフリーズする。
以前いた職場の名前に、どうしても亨介や眞希子の顔が浮かぶ。
十和企興は広告代理店なので、広報を委託されること事態は不自然ではない。だがその件に関しては、既に委託先が決定していはずなのに。
「このタイミングで、新たな企業を参加させることに、あまり意味はないように思えますが……」
委託先になにか問題があったわけでもないのに、このタイミングで十和企興を参入させることに、なにかしらの思惑を感じる。
萌依としては、今更あの人たちに関わりたくないと思う以上に、蒼弥に関わってほしくない。
それなに、蒼弥は視線を逸らして突き放すような調子で告げる。
「私的感情を含んだ、俺の独断と思ってもらって構わない。ただ、俺なりの考えがあってのことだ」
「それは、どういうことでしょうか?」
声が震えるのをどうにか堪えて萌依の質問を無視して、蒼弥が感情の読み取れない声で告げる。
「先方との交渉の窓口には俺が立つ。業務的に考えても。萌依が十和企興と関わる必要はないから心配するな」
一見萌依を気遣っているようにも思えるその言葉が、萌依を絶望に突き落とす。
普通に考えれば、社長秘書である萌依が、直接十和企興と関わりを持つ可能性はほぼない。でもそれは、社長である蒼弥にも言えることだ。
それなのに、蒼弥が交渉の窓口に彼が立というのは、彼なりの考えがあってのことなのだろう。
敵認定した奴を前にすると、相手が嫌がる角度から仕掛けたくなる主義と公言する蒼弥の性格を知るだけに、萌依には見えてくるものがある。
(蒼弥さん、私と別れたいんだ)
さすがに蒼弥に敵認定されているとは思わないが、突然十和企興との仕事を強引に進める態度に、萌依に対する拒絶を感じる。
「萌依?」
蒼弥が気遣わしげな声で名前を呼ぶ。
その声が優しげだからこそ、頭が混乱して息苦しくなる。
萌依がドレスの生地を握り絞めることでこみ上げる感情をやり過ごしていると、蒼弥の名前を呼ぶ男性の声が聞こえてきた。
「早瀬社長」
肩書きを付けて彼を呼ぶ声に視線を向けると、萌依にも見覚えのある年配男性の姿があった。
(館野常務)
以前勤めていた会社の役員の姿に、萌依は息を呑んだ。その隣には、高飛車な雰囲気を隠さない眞希子の姿もある。
館野常務の方は萌依が誰だかわかっていない様子だが、眞希子は、萌依の存在に気付くと意味深に口角を持ち上げた。
挑発的な笑みを浮かべる彼女の姿に、どうしても彼女に亨介を奪われた時のことを思い出してしまう。
「早瀬社長、先日はお茶をご一緒できて楽しかったです」
眞希子が誇らしげに言う。
(え?)
思わず蒼弥を見ると、その視線に気付いた蒼弥が苦い顔をする。萌依の前でしたい会話ではないのだろう。
つまりそれは、蒼弥と眞希子は、萌依の知らない場所で密かに会っていたのだ。
「早瀬社長もこのパーティーに出席されると思い、探していたんですよ」
そう話すのは、館野常務だ。その親しげな口調で、蒼弥と初対面ではないのだとわかる。
その後に続く話を聞いていると、どうやら十和企興がミツセと仕事の付き合いがあった流れで、今日のパーティーに参加したのだとわかった。
そして眞希子は、蒼弥に会いたいからと、無理を言って父親に同伴したと言う。
萌依が十和企興に勤務していた頃も、眞希子は父親の地位を利用してワガママを通していたが、その身勝手さは今も健在らしい。
「それはまた、随分とはた迷惑な」
萌依と同じことを思ったのか、蒼弥が苦笑する。
だけど眞希子は、それを嫌味とは捉えていないのだろう。悪びれる様子もなく微笑む。
「ええ。私なら、それが許されるとわかっていますから」
誇らしげにそう語る眞希子は、チラリと萌依に視線を向けて付け足す。
「そんなことより、邪魔者抜きでお話できないかしら? この前の話の続きがしたくて」
誘うような眞希子の声が、その言葉を拒絶しない蒼弥の態度が、萌依の心を揺さぶる。
「すみません。私、お手洗いに」
萌依はそれだけ言うと、その場を離れた。
心の片隅で、蒼弥が引き止めてくれることを願っていたのだけど、そんな夢みたいなことは起きず、背後では眞希子が蒼弥に甘く語りかける声がしていた。